メリーさんの部屋
水無瀬
私、メリーさん。あと3分で家に着くの
俺には三分以内にやらなければならないことがあった。
『私、メリーさん。あと3分で家に着くの』
変な電話が来たからだ。
この電話についてどう対処するか、考えなければいけない。
いたずら電話ならいいんだが。
そういえばオカルトだか怪異だか都市伝説だかの話で、こんなことを聞いたことがある。
メリーさんの電話、という噂話を。
でもこういうのって普通、場所を言うんじゃないのか?
家までの残り時間でカウントされるなんて聞いたことないんだけど。
そんなことを思っていると、部屋の電話が再び音を発する。
──プルルルルルル。
しばらく放っておくと、先ほどと同じように留守番電話に切り替わった。
そうして、あの声が聞こえてくる。
『私、メリーさん。あと2分で家に着くの』
ゾクリとした。
こいつは間違いなく、俺の家に近づいている。
今日は俺の誕生日だっていうのに、なんでこんな怖い思いをしなくちゃいけないんだ。
頭を抱えていると、ある物を見つけてしまう。
「おいおいおいおい」
なんだよこの服。
女物じゃないか。
よく見たら、ここにも、あっちにもある。
まさかあの女、俺の家に入り込んだのか……?
俺はいつも部屋の鍵を閉めない。
だから、その可能性はある。
大学の友達に、鍵はきちんと閉めたほうがいいと言われてたけど、その通りだったか。
──プルルルルルル。
固定電話は、また留守番電話に切り替わる。
『私、メリーさん。あと1分で家に着くの』
もうヤツは近くまで来ている。
悪質ないたずらか、俺のストーカーなのか。
それともまさか、本物の怪異……。
「でも怪異なら、なんでわざわざ電話してくるんだ……ん、電話?」
おかしい。
俺は固定電話なんて、持っていなかった。
スマホがあればそれだけで十分だからだ。
なら、あこにある固定電話は、いったいなんなんだ……?
それだけじゃない。
メリーさんからの電話が来るまでのことが、まったく思い出せない。
俺はいったい、さっきまで何をしていたんだろう。
自分の部屋にいるのに、まるで別人の部屋にいるような錯覚をしてしまう。
全身を鳥肌が立ったような感覚が襲った。
間違いなく、何か異常なことが起きている。
もしもこのままメリーさんが部屋に来たら、いったいどうなってしまうんだろう……。
「まずい、鍵を閉めないと!」
俺は普段から、部屋の鍵を閉めていない。
こんなアパートに来るやつなんて、俺の友達以外はいないと思っているからだ。
外の廊下から、誰かの足音がする。
間に合わない……!
──ガタガタガタ。
「よ、良かった……」
なぜか鍵が、閉まってる。
いつ閉めたか記憶はないけど、良かった。
ストーカーだろうと、怪異だろうと、さすがに鍵までは開けられないらしい。
数秒の間、静かになった。
そして、
──カチャリ。
「嘘だろう……」
ドアのロックが、解除された。
なんでこいつ、鍵を持ってるんだ?
ゆっくりと扉が開く。
外から、一人の女が顔を覗き込んで来た。
──知らない。
こんな女、俺は知らない!
女は俺の顔を見ると、驚いたような表情をしながらこう告げてくる。
「あなた、やっぱり来てたんだ……」
電話の声と一緒だ。
ということは、こいつがメリーさん?
二十歳くらいだろうか、大学にいる女の子となんら変わりないように見える。
メリーさんは、ゆっくりと玄関へと足を踏み入れてきた。
しかも、なぜかケーキ箱を持っている。
そんなことよりも、俺は我慢できずにこう尋ねてしまった。
「お前、誰だよ……?」
なんで俺の電話番号を知ってるんだよ。
なんで俺の家の鍵を持ってるんだよ。
なんで俺の家にお前の服が落ちてるんだよ。
「だってここ、私の部屋だから」
「え……?」
何を言ってるんだ、こいつ。
「ちょっと奥に行ってくれますか? 玄関、狭いから」
メリーさんは靴を脱ぐと、慣れた手付きでドアの鍵を閉めて、部屋へと上がってくる。
まるで何度も繰り返したことがあるような手際だ。
この女、いったい何度俺の家に忍び込んできたんだ?
怒りで頭がおかしくなりそうになったところで、違和感に気がつく。
──玄関の靴が全部、女物になってる。
「俺の靴はどこだ……?」
部屋に進んで行った女のほうを振り返ると、テーブルの上にケーキを置いていた。
箱から取り出して、皿に取り分けている。
二人分だ。
「お前……いったい何なんだよ。俺に何をした!? なんでケーキなんか……」
「あなた、後藤先輩ですよね。〇〇大学の」
こいつ、俺の名前だけじゃなく、大学のことまで知ってるのか。
だが、納得はできる。
なぜならこいつは、俺のストーカーだからだ。
実体があるみたいだから、きっと怪異ではない。
だから俺が留守の間に部屋に入り込んで、自分の持ち物を置いていったに決まっている。
「新聞を探すのが大変でしたよ。なにせ10年前の記事でしたから」
「新聞……10年前? それと俺に何の関係があるんだよ!」
「覚えていないようなら、教えてあげます」
メリーさんは俺の顔を見ると、なぜか寂しげな顔をした。
そうして、信じられないことを口にする。
「あなたは誕生日に、この部屋で殺された。せめてドアの鍵を閉めていれば……」
──思い出した。
頭が割れるような衝撃が走る。
すべて、思い出した。
俺は10年前のあの日、大学の友達と家で誕生日パーティーをする予定だった。
わざわざ家に来てまで祝ってくれる友人たちをもてなすために、あらかじめ用意していたケーキを冷蔵庫から取り出すところだった。
背後から、誰かの気配がしたんだ。
てっきり部屋に鍵を閉めないとことを知ってる友人が、いつものように部屋に上がって来たと思った。
それなのに振り向いたら、ナイフを持ったマスクの男が、いたんだ。
そうして俺は、殺された。
自分の誕生日パーティーを迎えることなく。
誰にも祝ってもらうことなく。
怪異はこの子ではない。
俺こそが、怪異だったのだ。
「この部屋で俺は、殺されて……」
「それからあなたは、毎年同じ日に幽霊となって現れるようになりました。自分が死んだ誕生日の日にだけ現れる怪異……実は私があなたと会うのは、これで4度目になります」
俺が幽霊?
それに会ったのも、4度目だって?
「私はもう大学4年生になりました。卒業したらこの部屋を引っ越すので、それまでになんとかあなたのことを成仏させてあげたかった……」
成仏……俺が?
それじゃあ本当に、俺は幽霊なのか?
「あなたを成仏させる方法を毎年試していたけど、やっぱりこれかなって」
そう言ってメリーさんは、テーブルのケーキを俺に見せてくる。
ケーキに刺さったキャンドルに、小さな火が灯っていた。
バースデーケーキだ。
「改めまして……お誕生日おめでとうございます」
誰かに祝ってもらう。
祝ってもらうはずだったのに、悲劇が俺を襲った。
そのせいで、やりきれない思いが残っていたのだろう。
そのケーキを目にしただけで、彼女の言葉を聞いただけで、なぜか救われる気がした。
「ありがとう、メリーさん……化けて出て、ごめんな」
体が幸福感に包まれていく。
同時に浮遊感を味わった。
俺、成仏するんだ。
「それと私の名前はメリーさんじゃありません。ああいうの、一度やってみたかっただけなんで」
そうか、メリーさんって名前じゃなかったんだ。
そりゃそうだよな。
でも俺にとっては、君の名前はメリーさんで────
女の子の名前を知ることなく、俺の意識は消えていく。
こうして俺は、成仏した。
メリーさんの部屋で。
メリーさんの部屋 水無瀬 @minaseminase
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