【幸運の手紙】
宿木 柊花
第1話
【これを読んだあなたが僕とは無縁であることを望む】
今、僕の手の中にある手紙はそう締めくくられていた。
封筒はなく少し黄ばんだ便箋が丁寧に三つ折りされて置かれていた。
それだけ聞くと僕がこの手紙を見つけた場所は屋上や廃墟のイメージだろうか。
しかしそれは違う。
これは金網のない屋上でも埃が舞う廃墟でもなく、つい数分前まで僕がうたた寝をしていた机の上。今しがた読んでいた長編ミステリーもある。ほどよい眠気を誘い、枕にもなる優れもの、少々固いのが難点だけれど。
ちなみに僕の運は悪い。
なぜかといえばこの本ハードカバーの本なのだが、すでに三冊目。
落丁があったのだ、しかも解決シーンがまるっとなかった。出版社に送って新しい本をもらったが、今度は犯人に赤丸がされている。どうやら間違えたらしく再度送られてきた。
それがこれ。
中に何か挟まっていたということはなく、きれいな新品だった。
手紙の裏に薄く【幸運の手紙】と読めるような跡がある。
幸運とは?
僕はそんな思考を放棄してイチバンくじ引きをしにコンビニへと出掛けた。
僕の狙いは特賞、もふもふフレンズのぬいぐるみ。本物のような質感と雲のような柔らかさでできている子グマ。
スマホをかざして料金を支払い、いざ景品は……参加賞のラバーストラップ。
とぼとぼと歩く僕の横をビュンビュンと車が通りすぎていく。車の風圧は寒く落ち込む僕には凍えるほどだ。
幸運なんてものがあったら今頃あのぬいぐるみは僕の手の中だったのに。
――すと
突然手の中にもふもふとした柔らかい何かが入ってきた。
よく見ればそれは夢にまで見たあの子グマ!
少し汚れているけれど触れたことのない柔らかさに堪能してしまう。
「でもこの子グマどこから?」
目の前には飛んできようがない。
振り向けばそこは地獄絵図だった。
さっきすれ違った車が電柱をなぎ倒してその周りに人だかりができていた。女性や子供の泣き叫ぶ声やサイレンのけたたましい音、漏れ出るオイルとガソリンに混じった鉄臭さ。
野次馬の一人の声を耳が捉える。
『大きな……ぬいぐるみ、抱えた子供が……』
僕は子グマの汚れの意味を知りその場に投げ捨てて帰ってきてしまった。
何度も何度も手を洗う。
何の意味もないことくらい分かっているがやめられなかった。
部屋に入るとSNSで僕の当たったラバーストラップの投稿がバズっていた。どうやらエラー商品のレア物らしい。
オークションサイトで見れば値段が数十倍と跳ね上がっている。マニアの力恐るべし。
売ってしまおうと机の上を片付けると数週間前に買った宝くじが出てきた。
当選発表は今日。
やっぱり外れていた。
「億は無理でもちょっとくらい」
夜、両親が大金を持ってはしゃいでいた。
ヤバイ金なのかと聞けば『父さんが倒産した』と寒いダジャレを返してきた。二人とも悪酔いしているようだった。
けれど札束を一つ
次の日、家が空っぽになっていた。
家具も家電もなく、あんなに騒いでいた両親も金も跡形もなく消えてなくなっていた。突然離婚を突きつけられるってこういうことかと寂しいような胸がスースーした。
もらった札束を鞄に押し込んで朝食を買いに出かける。
どこも混んでいてすぐに食べられそうにない。
腹は空腹だと声を荒らげる。
ようやく入れたファミレスで食事を終えるとレジに車が突っ込んできた。
踏み間違えだろう。
車はレジをなぎ払いながら店内を暴走し、客は避難となった。
支払いはしなくていいそうだ。
それから数ヶ月、札束もなくなりどうするものか悩んでいると一本の電話が入った。
どこかの親戚からアパートを相続してほしいという申し出だった。
僕は二つ返事に受け入れた。
相続って直近の血族じゃなかったっけ?
と思ったがあまり深くは考えなかった。
アパートの収入は十分で僕はまだ両親が帰ってこない家でゆっくりと待っている。
隣のうるさいおばさんもいつの間にかいなくなり静かになった住宅街は過ごしやすい。
僕はきっとこれが【幸運の手紙】の効果なのかと思う。あれが届いてからも僕の周りでは事故が多かったけれど、僕自体に影響はなくむしろラッキーが続いている。
そろそろ僕も次の誰かに【幸運の手紙】を書かなければいけない頃だろう。
この幸運は誰か他の人の手に渡らなければならない。そういうものなのだという。
そう【幸運の手紙】が言うのだから。
僕は手紙を書く。
受け取った人が幸運になれるように。
できるだけ不運な人の元へ届くように。
この手紙に憑いている【幸運】はとても大きく暴力的なまでに頑固だ。
持ち主が幸運すなわち幸せになるためならば周りに
僕は十分に幸運になった。
だからもういい。
病気になり全身ボロボロになれば事故に遭い、多臓器移植が必要になれば即座に適合者が現れた。
僕は事故や病気で死ぬことはないのだろう。僕の幸運はそれを許さない。
きっと全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れのような幸運が僕に憑いている。
さあ、僕の幸運を受け取ってくれ。
絶対に幸せになれるよ。
破壊された世界できっと君だけは幸せに笑っているはずだ。
そう幸運が決めているのだから。
僕は丁寧に三つ折りにすると、そっと机の上に置く。
願わくは僕と無縁でありますように。
最近近くに建設されたピサの斜塔のようなビルに僕は昇る。
まだガラスのない最上階の窓から見える景色はこの上なく美しい。街に沈む赤い夕陽を焼き付けて僕は夕と夜の狭間に落ちる。
これが僕が最期に願う最大の幸せだった。
来世は好きだったあの娘に好きと伝えたい。
目覚めるとそこは病院だった。
僕の幸運はまだ僕を許さない。
【幸運の手紙】 宿木 柊花 @ol4Sl4
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