三分間

@AKIRA54

第1話 あるフランス人の冒険

あるフランス人の冒険


 男には三分以内にやらなければならないことがあった。

「クソ!なんて女だ!この俺さまを捕らえるばかりか、こんなものまで置いて行きやがって……」

 彼の置かれた状況は、悲惨だった。忍び込んだシャトーの隠し金庫から、目当てのものを手を入れた、まではよかったのだが、巡回中の見張りが予想以上に真面目に現れ、金庫を閉める時間がなかった。その見張りは、任務にも忠実で、盗賊を自ら捕らえて、手柄にしよう、とは考えず、いきなり、非常事態発生を知らせるベルを鳴らしたのだ!

 おかげで、脱出経路には、城兵が溢れ、扉という扉、窓という窓は、完全に遮断された。そして、一部屋、一部屋と捜索が進められてきた。

 男が逃げ込んだのは、城主の使う、寝室と思われる豪勢な部屋だった。主人のプライベートルームには、城兵もむやみに立ち入らない、と考えたのだ!

 だが、その部屋に居たのは、まだ若い黒髪の女性だった。しかも、彼女は、賊がその部屋に逃げ込むのを予測していたように、ピストルを構えて、待っていた。

 男は、咄嗟に床を転がり、銃口から身を避けながら、女の足元に迫り、手に構えたピストルを叩き落とした。ピンチを脱した!と思った瞬間、床が消え、男は、奈落の底に落ちてしまった。

 落とし穴に落ちたあと、壁の一部から、白い煙が吹き出し、男は眠りに落ちた。

 気がつくと、手足を縄で縛りあげられ、穴蔵に転がされていた。

 男は靴の踵に仕込んだカミソリの刃で、簡単に縄を切り、自由の身になった。

「なかなか、やるもんだね!」

 と、頭上から、キレイなフランス語が聞こえた。

「ひとりで、この城に忍び込んで、秘密の金庫まで開けた腕前は、お見事だったけど、盗んだ書類は、返してもらったよ!縄から、自由になっても、この穴蔵からは、出れないよ!しかも、あと数分で、この上流に仕掛けた、堰を時限爆弾で破壊するから、この城もろとも、水攻めになって、町が壊滅するのさ!連合軍が到着した時には、町は水没。食料調達の計画も『水の泡』ってことだよ!」

女の笑い声が響いて、落とし穴の蓋が閉まった。

「ケッ!俺のポケットから、書類を抜き取ったなら、この穴蔵には、出入口があるってことだろう?土壁に見せかけているが、何処か1ヵ所、土壁ではない場所があるはずだ……」

男はズボンの隠しポケットから、マッチを取り出し、火を灯す。

「ほら、あった!」

微かに色が違う場所がある。しかも、筋状に色が違うのだ。その隙間に、隠していたナイフを差し込み、隙間を広げ、蝶番らしき金具を外した。その部分を押すと、人間がひとり出入りできる程度の隠し扉が向こう側に開いた。

目の前に梯子に近い階段があり、地下室の出口がその先にあった。

「よし!盗んだ書類は、小型カメラで写してある。そのカメラを回収すれば、今回の作戦は、完了さ!」

男が地下室から出た場所は、小さな部屋の中。その真ん中に丸テーブルがあり、三十センチほどの箱が乗っている。その箱とテーブルに挟まるように、一枚の白い紙片があった。ドイツ語で書かれたメモだった。

『よく、脱出できたわね!ご褒美に、堰の爆破を止める方法を教えてあげるわ!テーブルの箱の蓋を開けて、中の時計を止めてごらん!ただし、六時までだよ!止めることができたら、爆発も止まる。町の住民も助かる、ってことさ!蓋の開け方は簡単。ドイツ語で四文字の単語を蓋についた文字盤に合わせるだけさ!つまり、金庫のダイアル代わりってことさ!箱を壊そうとしても無駄だよ!文字盤操作以外で蓋を開ければ、爆発が起こる仕掛けになっているからね!さあ、残り何分かな?あんたの指に、何百人もの命がかかっているんだよ!逃げても無駄さ!たぶん、爆発まで、あんたも町から出られやしないよ!』

男は時計を見た。五時五十七分。つまり、三分以内に、文字盤の四文字を合わせなければ、自らの命も、町の住民の命も、水の勢いで流されてしまうのだ!

「ドイツ語の四文字?いったい、組み合わせは、何種類あるんだ……?」

とにかく、文字盤に指を当て、思いつく単語を作る。

「クソ!金庫の文字盤なら、回した時の音や引っ掛かりで、わかるんだが……」

数々の金庫を破ってきた男であるが、三分では、まず無理だろう……。

ベルク(山)、ハオス(家)、アウト(自動車)、ワルス(川)、アルト(森)、ゴルト(金)、ブロート(パン)

「ダメだ!こんな単語じゃない!もっと、今の状況に関係している言葉だ!あの女の考えそうな言葉の筈だ!」

ラゲール(戦争)、ズィーク(勝利)、違う!ああ、もう時間がない……!神よ!GOTT……!


「ダンドレジー少佐からの連絡です!ドイツ軍の集合場所を知らせて来ました!」

「一度撤退した部隊をまとめて、反撃する作戦だ、とは予測できたが、その集合する場所が絞れなかった……。ダンドレジー少佐のおかげで、連合軍はドイツ軍に壊滅的な打撃を与えることができるだろう!そして、この長い戦争を終わらせることになるはずだ!」

フランス軍とイギリス軍に、アメリカ合衆国の部隊が加わった。後の世に『第一次世界大戦』と名付けられる、戦争では、一時、ドイツ軍の侵攻はパリにまで近づいていたのだ。その大戦の流れが大きな分岐点を迎えている。

ダンドレジー少佐という、謎めいたフランス人が、ドイツの最前線のフランス領の城に忍び込み、重要な機密書類を連合軍にもたらし、ドイツ軍の動きを的確に掴むことができたのだった。

「ダンドレジー少佐は、機密書類をもたらしたばかりではなく、ドイツ軍が撤退する際に、A村周辺を水没させる工作をしていたのを、たったひとりで未然に防いだそうじゃないか?勲章ものだが……、ダンドレジー少佐という、軍人は、どの部隊にも見当たらないそうだな……?いったい、何者なんだ……?」


「ラウール!君は、その四文字のドイツ語の単語をどうやって、見つけたんだ?」

「モーリス!この噺は、小説にはしないでくれるかい?」

「君が、そういうなら、メモのままにしておくよ!」

「まったくの偶然なんだよ!もう、十秒だったんだ!だから、『バイバイ』って意味で『チャオ(=Ciao)』って入れたんだ!チャオはイタリア語だけど、ドイツでも使っているんだよ!」

「つまり、自棄糞(やけくそ)だったのか?」

「いや、最後まで、諦めない精神力が、神に通じたのさ!その前に『Gott(=神様)』って、入れたから、ね……」

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