ハンプティ・カンパニィ

渡貫とゐち

「書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』」


 二分前には『三分以内にやらなければいけないこと』があった。

 つまりあと一分しかない。


 無意識に貧乏揺すりが増えていく。

 苛立ちが止まらない……、こうしている間にも時間だけが進んでいく。

 早く行動を起こさないといけないのに……――俺のスマホの本体アップデートは、まだ終わらない……。今、いったい何パーセントなんだ!?


 早くしないと、取引先に返信ができないではないか!!


『早急に、三分以内に返事をお願いします』――というメッセージが届いたのだ。緊急性が高いのだろう……でなければ『早急に』とは言わない。

 届いた質問は、すぐに答えられるようなものだ。即答とはいかないまでも俺の判断で許可を出してしまってもいい……それが分かっているから、先方も三分にしたのだろう。


 上司に確認して、さらに別部署に確認を――と繋がる人が多ければ多いほど時間はかかるわけで、質問によってはどうしたって三分以上経ってしまう場合もある。

 先方の三分は急がせるための方便か?

 だとしても勝手に解釈して三分をオーバーしていい理由にはならない……、三分以内と言われたら三分以内に返答をしなければならない――今の時間は!?


 残り三十秒ほどだ。

 アップデートは……よしっ、もう八割以上も『ゲージが溜まって』いる……。

 あと数秒もあれば100%になるだろう。……だが、


「はぁっ!? 再起動!?」


 ――スマホが暗転する。……これ、再起動した時って今消えた画面に戻るんだっけ? ……もしもホーム画面からメール作成までやり直しとなれば確実に三分を越える……いや、返信しようと思っていたメール内容も下書きに入っているかもしれないし……まだ希望は捨てるな。


 クソ、最初は誤タップだったとは言え、そこでやめていれば……。すぐに終わるだろ、という根拠のない断定でシステムアップデートをしてしまったのが運の尽きだった……。

 スマホに変えてからこんなことばっかりだ。

 俺は低性能で充分だった……なぜ色々と付けたがる。電話とメールさえできればいいのに……だからカメラだっていらないのだ。

 カメラ機能を使いたければ普通のカメラを使えばいいだけだ。スマホ一台でなんでもしようとするから高性能になって高価なものになっていく。

 シンプルなスマホでもゴテゴテに装飾過多だからなあ……。機能をストラップにして考えてみれば、じゃらじゃらと昔のギャルのケータイみたいだろう。


 ポケットからこぼれ出る部分はいらないはずだ。使わないのに常設している機能が多いから、こうもアップデートが長いのだ……――あ、やっと再起動した。


「メールは!?」


 ――ッ、やっぱり消えてる! 俺がちゃんと保存しなかったのが悪いが、高性能なら記録しておけよと思ってしまう。

 多機能を嫌っている割りに、無茶ぶりは一人前とはな……自分のことながら都合の良い男だ。

 俺が選んだスマホが悪いのかな……。


 果たして……三分以内か!? 分からないが……もう時間を気にしている時間もなかった。

 予測変換を駆使して、質問の内容に、『可能』であること、『お願いします』――そして『了解です』と打ち込んで即送信! ……ギリギリか? 間に合ったか!?


 送信から数秒で、返信がきた。

 先方からだ。恐る恐る開いてみれば――――「え?」


『どういう意味ですか?』と先方から返ってきた。

 ……文字通りの意味だけど、と思い送信済みの自分の文章を読み返してみれば――、あ。

 ……ミスがあった。

 予測変換に頼っていたばかりに、目が滑っていた。――可能です、よろしくお願いします……ここまでは問題なかったが、『追加の分、両手剣使いです』となっていた……は?


 ……了解です、と打とうとしたはずが、『り』と打って出てきた予測変換が『両手剣使いです』だったのだ……これをそのまま流してしまった……。


 そりゃあ、先方からすればよく分からないだろう。


 ……ゲームの知り合いと連絡する時によく使っていたので、予測変換で先頭にくるようになってしまっていたのだろう。り、と打ち込んでそのまま先頭の言葉を押してしまい……、これは誤タップではなかった。俺がきちんと確認しなかったから……。


 あらためて、訂正し――いや、電話した方が早いか。


 相手の都合もあるが、急ぎであれば電話でも構わないだろう。すぐに先方に連絡すると、コール前に出てくれた。相当急いでいたのか……? 出てくれるならありがたい。


 事情を説明し、謝罪すると、先方は「気にしないでください」と言ってくれた。

 その気持ちは嬉しいけど、俺は気にするんだよ……。


「ところで、オンラインゲームが好きなんですか?」

「え。ああまあ……はい。上手ではないですけど」

「へえ……タイトルとか教えてもらっても大丈夫ですか?」


 先方の彼も興味があるらしい。

 若い男性だったのでゲームに慣れた世代か。いや、世代で言えば俺もそうだけど、あまり熱心にはやってこなかったタイプだから……、おかげで最近はすごくはまっている。

 こんな世界があったのか……と。だが、はまればはまるほど時間が無駄に消費されていきそうだが……、それもまた魅力のひとつか。


「私は片手剣使いです。……今度一緒にプレイしませんか?」

「ええ、いいですよ。……あの、そう言えば緊急ではなかったんですか?」


 早急に、とわざわざ言うくらいだから急ぎなのかと思えば――違うようだ。


「さっきのことですけど……『ああやって』書いた方が後回しにされにくいかな、と思いまして。……焦らせてしまったのなら申し訳ありません」


「いえ……」


「うちの人たちがルーズで……ああでも言わないとスケジュールに組み込んでくれないんですよ。だから仕方なく……、すみません。如月きさらぎさんにまでするべきではなかったですね。できるだけ早急に、と言えば良かったです……申し訳ない」


 気持ちは分かる。

 優しく言っているだけでは返答をくれない同僚がいるものだ。

 忙しいのが分かっているから言いにくいが、上司は総じて、連絡をすぐには返してくれないから……。


 嘘でもいいから、荒療治くらいでちょうどいいのかもしれない。


「なら、三分どころか十分ほど経っていますけど、問題はないんですね?」


「はい。今日中でなくとも大丈夫でした」


 …………念のため、早めに言ったのだろうけど……にしても早過ぎる。


 先方の会社は、どれだけルーズな人が多いのか……取引相手としては心配だな……。



「では如月さん、今度はオンラインゲームで会いましょう!!」




 …了

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