エヘメラ星の男たち

沢田和早

エヘメラ星の男たち


 エヘメラ星の男たちには三分以内にやらなければならないことがあった。

 エヘメラ星、それは銀河辺境地区に位置する惑星だ。環境、生物、文明水準などは、同じく辺境地区にある太陽系惑星の地球と非常によく似ている。

 自転周期は約二十四時間、公転周期は約三百六十五日。重力定数、大気組成、赤道傾斜角などもほぼ同じだ。そのため第二の地球と呼ぶ者さえいる。


 似ているのは惑星だけではない。エヘメラ星人は地球人とそっくりで、外見だけでは見分けがつかないほどだ。

 消化器官による食物摂取、血液を用いた体循環、酸素を取り込む呼吸器系、雄と雌による繁殖行動など、その生態的特徴は驚くほどよく似ている。


 だが、たったひとつ、似ていない点があった。

 エヘメラ星では時間の単位に「エヘメラ」という言葉を使う。一エヘメラは地球時間では三分に相当する長さなのだが、エヘメラ星人にとって三分とは非常に重要な意味を持った時間の長さなのだ。


 驚くべきことにエヘメラ星人の男の平均寿命は三分なのである。女は地球人と同じく九十歳近くまで生きるのに対し、男はたった三分しか生きられないのだ。一エヘメラ=三分しか生きられない男が住む星、それがエヘメラ星と名付けられた由縁である。


 その見返りとして生まれるまでが長い。女児は懐妊から十月十日ほどで出産されるが男児は出産されるまでに十年かかる。

 だからと言って何もせずに腹の中で十年過ごすわけではない。古くから伝承されてきた由緒正しい胎教をみっちり叩き込まれ、生まれてきた時には十歳児とほぼ同じ知識を有している。

 もちろん言葉も話せるし普通に歩けるし目も耳もきちんと機能している。ただし子宮の中では肉体的成長に限界があるので体重はせいぜい六~七kg程度だ。それでも巨大児には違いないのだが、エヘメラ星の女の産道は特殊な構造をしているのでほとんどが普通分娩である。


 そして、これが一番重要なのだが、男は生まれてきた時点ですでに生殖能力を有している。生まれた瞬間から男は生殖のための行為が可能なのだ。

 最初に述べたようにエヘメラ星人の繁殖は男女によって行われる。男なくして子孫は残せない。しかし男は三分しか生きられない。となればこの三分で男がやらなければならないことはひとつしかない。生殖行為である。

 妊娠中、十年間に渡って続けられる胎教は全てこのためにある。男は腹の中で、いかに生殖行為が重要であるか、大切であるか、エヘメラ星人の男の価値を決定付けるものであるかを叩きこまれる。

 そして出産日が近づくと百人を超える適齢期の女たちが病院に待機させられ、男が生まれ落ちた瞬間、ヘソの緒を切る間も惜しんで生殖行為に励むのである。


 これまで最も多くの女を相手にしたのは千年ほど前に生まれた「ヒカルのきみ」である。通常の男なら三分で相手にできる女の数はせいぜい十五人程度なのだが、「ヒカルの君」はわずか三分で百一人の女性と行為に及び九十九人の子孫を残した豪傑である。

 一回の射精を二秒以下で行うという驚異的な記録は今に至るまで破られていない。エヘメラ星の星都にはこの偉業をたたえて「ヒカルの君」の金像が建てられている。


「とうとう今日は出産予定日。十年なんてあっという間ね」


 そしてここ、とある産院の病室では一人の妊婦が出産を待っている。男児を身籠った妊婦は特別待遇によりバストイレ付き三LDKの個室が与えられる。窓の外にはベランダがあり、晴れた日には霊峰フジ山も望むことができるのだ。


「間もなく出産よ。タロウ、準備はいい?」


 エヘメラ星人の特殊能力によって妊婦と腹の子は視覚、聴覚、触覚、味覚などを共有している。もちろん会話も可能だ。


「あ、はい。ボクのおちんちんは正常に機能していると思われます」

「そう、それを聞いて安心したわ。千年前のヒカルの君の記録、あなたが破ってちょうだいね」

「そのことなんですけど、実はボク、生殖の他にやりたいことがあるのです」


 この言葉を聞いた妊婦は驚愕した。エヘメラ星人の男として絶対に許されない発言だ。


「タロウ、あなた自分が何を言っているのかわかっているの。エヘメラ星人の男は生殖のためだけに生まれてくるのよ。もし全ての男たちがあなたと同じ考えを持ってしまったらエヘメラ星人は滅亡してしまうでしょ」

「それはわかっています。でも自分の人生は自分のために使いたいんです」

「ダメです。許しません。生殖行為より楽しいことなんてこの世にはないの。これまでずっとそう教えてきたでしょう」

「はい。でもそれが本当に正しいのかどうか、ボクは確かめてみたいんです」

「たった三分で何がわかると言うの。余計な雑念は捨ててカワイイ女の子たちと思う存分パコパコすればいい……ううっ、陣痛が始まったわ」


 母親は出産ボタンを押した。病室は直ちに分娩室へと様変わりし、医師、看護師と一緒に適齢期の女子百人が雪崩れ込んできた。看護師が声を張り上げる。


「皆さん、間もなく生まれます。順番はきちんと守ってください。それから番号札が二十番以降の方は控室でお待ちください。今回は残念ながらそこまで回らないと思われます。では先生、お願いします」

「うむ。出でよ、男児よ、健やかに」


 医師が出産の呪文を唱えながら妊婦の腹を撫でるとタロウは難なく産み落とされた。すぐさま番号札一番の女子が太郎を抱き上げて行為に及ぼうとした、が、


「こ、これはどういうこと。おちんちんがフニャフニャじゃないの!」

「馬鹿な!」


 女子の叫びを聞いて医師もタロウの股間を凝視した。フニャフニャである。これでは生殖行為に及べない。


「君、勃起処置だ」

「わかりました」


 看護師がフニャフニャ状態からの脱却を目指して処置を施す。しかしタロウのおちんちんに変化はない。


「ムダですよ。ボクは腹の中で修行に励み、おちんちんを自在に扱える術を身に着けたのです。集まっていただいた女子の皆さん、申し訳ありませんがお帰りください」


 ヘソの緒を切られて自由になったタロウはベランダの扉を開けて外に出た。青空からは光が降り注ぎ、遠くから小鳥の囀りが聞こえ、心地良い風が産まれたばかりのタロウの肌を優しく撫でていく。


「ああ、これが世界なのですね。この明るさ、この音、この涼しさ。これこそがボクの体験したかったことなのです」


 タロウのつぶやきを聞いた母親は悔しさをにじませながら言った。


「それは私の目と耳と肌を通してこの十年間何度も体験してきたはず。今更同じ体験をして何の意味があると言うの」

「自分の目で耳で肌で直接体験することに意味があるのです。予想通りだ。なんて素晴らしい体験なんだろう」


 タロウはベランダで自然を満喫している。母親は時計を見た。生まれてからすでに半エヘメラ、一分三十秒が経過している。


「タロウ、もう満足したでしょう。さあ、残りの人生を生殖のために使いなさい。頑張れば五人くらいはいけるはずです」

「いいえお母さん。ボクは与えられた全人生を費やして自然を楽しむつもりです。諦めてください」


 タロウの返事を聞いた母親は泣き崩れた。


「なんてことなの。あなたがこんなにわがままな息子だとは思わなかった。今日まであなたがたくさんのカワイイ女の子たちとパコパコすることだけを夢見て生きてきたのに。私の十年を返して!」


 嘆く母親の頭を撫でながらタロウは心から詫びた。


「お母さん、孫作りに励むことなく逝ってしまう親不孝なボクを許してください。でもこれだけは忘れないでください。タロウは誰よりも幸せな人生を送ることができたのです。そしてボクを産んでくれたお母さんに心から感謝して……」


 タロウの言葉が途切れると同時にその体はベランダに倒れた。生まれてから一エヘメラ、三分が経過したのだ。医師の冷たい声が響く。


「ご臨終です」

「タロウー!」


 倒れたタロウを抱き締めて泣き続ける母親を眺めながら医師は苦々しくつぶやいた。


「またも童貞死か。これはもはや社会現象の一言では済ませられんな」


 エヘメラ星ではここ数十年、人口が減り続けていた。原因は童貞死、つまり生殖行為をせずに死んでしまう男たちの増加によるものだった。エヘメラ政府は少子化に歯止めをかけようと様々な対策を打ち出していたがまったく効果はなかった。


「こことよく似た星、太陽系惑星の地球でも少子化が進んでいるそうですね」

「ああ。ひょっとしたら銀河系全体の問題なのかもしれんな」


 童貞死による人口減少、それが銀河侵略を企む他星系種族による攻撃の一環であろうとは、この時点では誰一人知る由もなかった。











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