待っていろよ智治!!

鋏池 穏美

I"ll be back


 私には三分以内にやらなければならないことがあった。そう──


 今から三分以内に家を出て、道なりに真っ直ぐ進んで最初の十字路を左に曲がり、ちょっと髪なんかを手櫛でふんふん言いながら直したりなんかしたりして、次の十字路で智治ともはる君に激突しなければならないのだ。


 え? なんで激突するのって?


 そりゃあれですよあれ。昨日の高校入学式で一目惚れした智治ともはる君とお近付きになるためですよ。すでに智治ともはる君の行動は把握済み。まさかこんな時に私のドローン操縦技術が生かされるなんて思ってもみなかった。


 私のスマホには今まさに、ドローンのカメラで撮影した智治ともはる君の姿が映し出されている。映し出された映像から解析した智治ともはる君の歩く速度は時速四キロメートル。


 おおっと、そうこうしている間に残り二分! 私は急いでぐっつぐつに沸き立ったコーンポタージュを胃に流し込み、玄関に向かう。「急いでる時はやっぱりこれよね」と、メタリックシルバーの瞬々息しゅんしゅんそくというスニーカーを履く。これを履けばマラソン選手のような呼吸法で走れるという、もはやマジックアイテムだ。


 もちろん口にはを咥えている。そうあれですよあれ。曲がり角で意中の男性とぶつかる女学生が口に咥えている──


 ホイッスル。


 行ってきますの代わりにホイッスルを「ピーッ!」と鳴らして玄関を出て全力ダッシュ。初めの十字路を左に曲がった刹那、中学時代の爽やかイケメンと激突したが、ホイッスルは死守。今の私は智治ともはる君一筋。並のイケメンに私の瞬々息しゅんしゅんそくは止められないが、本心ではイケメンが名残惜しいのか「ピィロロ」とホイッスルが情けない音を奏でた。


 だがこの道を真っ直ぐ行けば、愛しの智治ともはる君との激しいぶつかり合いが待っている。私は気合を入れてギチギチと足に力を込め、瞬々息しゅんしゅんそくのスペックを最大限に生かしたダッシュをみせる。次の十字路まであと五メートル……四メートル……三メートル……。


 と、ここで異変を感じる。十字路の右側からは智治ともはる君なのだが、左側から凄まじい音と共に砂埃が舞い上がっている。私は瞬時にスマホを取り出してドローンの映像を確認。そこに映し出された信じられない光景に、ホイッスルが「ピーッ!」と鳴る。


 十字路の左側から、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが向かって来ていたのだ。よりにもよってバッファローの群れなんて──と私は逡巡したが、やることは決まっている。


 私は智治ともはる君よりも早く十字路の真ん中まで走り、両手を広げてバッファローの群れを止める。凄まじい重量が私に襲い掛かるが、やはりコンポタで取った糖質のおかげだろうか、体にギチギチと力が漲る。その状態で私は智治ともはる君に「行って! ここは私が何とかするから!」と叫んで学校に向かわせる。愛しの智治ともはる君を初日から遅刻させる訳にはいかないという私の苦渋の叫び。


 本来であれば私は今、智治ともはる君とがっちゃんこのはずだったのだが、何故かは分からないがバッファローの群れとがっちゃんこしている。だが残念だったな──と、私はバッファローの群れに言い放ち、ホイッスルを力強く鳴らす。


 何故なら私はロデオマシーンマスター。まさかこんなところで私のロデオマシーン騎乗技術が生かされるなんて思ってもみなかった。


 私は先頭のバッファローのいきり立った角を掴んで飛び乗り、見事に乗りこなす。こうなったらこっちのものだ。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを引き連れて高校に突撃するのみ。だが──


 走り出した私と愉快なバッファロー達を異変が襲う。


 そう──


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが、次元の壁を破壊。私は愛しの智治ともはる君が待つ高校ではなく、魔王が人類を蹂躙する異世界へと転移。


 だがこうなったらやるしかない。魔王だろうがなんだろうが知ったことかとホイッスルを鳴らし、「待っていろよ智治ともはる!!」と叫んで、駆け出した──



 ──待っていろよ智治!!(了)

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待っていろよ智治!! 鋏池 穏美 @tukaike

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