サービスエリアの鐘の音

香坂 壱霧

📞

 彼には、三分以内にやらなければならないことがあった。


 彼は、公衆電話の前で蹲っていた。

「誕生日おめでとう……それから、えっと」

 彼は話す内容をつぶやきながら、時計を見ている。

 遠距離恋愛中の彼女に会いに行くはずだった。でも、仕事のトラブルで会いに行けなくなり……


 『夜までには会いに行く』と連絡していた。彼女から『何時になる?』と聞かれたときに、『出る前に連絡するから』と曖昧に答えるしかなかったのだった。


 会社から帰宅して、慌てて家を出た。

 バイクに乗って数時間して、彼女に連絡し忘れたことに気づいたらしい。

 財布の中には、十円玉が一枚。

 焦りすぎたせいで、現金を引き出すのを忘れていた。

 

 彼は腕時計を見た。あと十分で今日が終わる。

 今日中に会いに行けないなら、おめでとうは伝えておきたい。


 硬貨をいれ、電話番号をプッシュしていく。

 彼女の家電いえでんの番号を覚えていてよかったと思いながら。

 

 呼び出し音が三回鳴ったあと、

『……陽太くん?』

 彼女の冷ややかな声。冷ややかに聞こえているだけかもしれない。

「誕生日おめでとう。今日中に会いに行けなくてごめん」

『仕事だったんだよね。仕方ないよ』

「今日中には行けないけど、あと一時間したら行けるから、待ってて」

『最近、忙しかったんでしょ。無理して事故したらいけないから、ゆっくりでいいよ』

「どうしても、早く会いたいから」

『……そんなの、わたしだって同じだよ』

「渡したいものがあるから」

『無理しないでよ』

 

 彼女の言葉で、会って伝えたい言葉を言ってしまいそうになる。でもそれは今じゃないのかもしれない。

 

「大事な話をしたいから、会いたい」


 彼は思案したあと、その言葉をひねり出した。これを言えば、何が言いたいのかわかってしまうかもしれない。

 サプライズにならなくなる。


『……電話じゃ言えないんだね?』

「ああ。だから、待ってて」

『誕生日プレゼント、それがいいから、今、言って』

「今? 電話で?」

 

 どれくらい残り時間があるのかわからない。彼は焦っていた。

 プロポーズは指輪を渡しながら言うつもりだった。まさか公衆電話で時間を気にしながら言うことになるとは……


「十年……つきあってきていろいろあったけど。ずっと一緒にいたいから、俺と結婚してください」


 長い時間に感じる沈黙のあと、

『……うん』

 彼女の震える声が聞こえた。

 その言葉で、電話は切れてしまう。


 無機質な通話終了の音。

 それが祝福の鐘のように、彼には聞こえていた。

 長く感じる三分間。


 彼は喜びを噛み締めながら、彼女の元へ――


 

 

 

 


 

 

 

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サービスエリアの鐘の音 香坂 壱霧 @kohsaka_ichimu

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