ラジャー

藤泉都理

ラジャー




 母と父には三分以内にやらなければならないことがあった。


 ストップウォッチのボタンを押して、アイコンタクトを取ったのち、各々準備にとりかかる。

 母がミルクの準備を、父がおむつ、拭きシート、ごみ袋、タオル、及び、おもちゃ、ないし絵本の準備をする。


 わんわんわんわん。

 泣く声がどんどんどんどん大きくなっている。

 あの小さな身体でよくもまあ、あんな声量が出せるものだ。

 将来は歌手か、声優か、俳優か、司会か、演説が得意な首相か、海の監視員か、保育士、教師もありだな、いや、声に特化した職業でなくとも、この子ならば、何にでもなれる可能性を秘めているもしかしたら今は生まれていない職業に初就職するかもしれない。


 ああなんて、よりどりみどり。

 ああ、なんて楽しみなんだ。

 父と母、ほんの三秒間、我が子の将来を考えて、脂下がった表情を浮かべるも、すぐに準備を再開。

 ミルクの湯冷まし、温度を確認。ラジャー。

 おむつ、拭きシート、ごみ袋、タオル、おもちゃ、ないし、絵本。ラジャー。


 先に我が子の元へと向かい、そのほそっこい腕で、てきぱきとおむつの取り換えを行っている父の背中を見た母は三秒間だけ立ち止まって、うっとりしつつ、すぐに彼らの元へと小走りで向かう。


 おむつの交換、無事にラジャー。

 ありがとうございますラジャー。

 どういたしましてラジャー。


 母はおむつを交換されてご機嫌になった我が子を、座った状態で横に抱きかかえると、哺乳瓶を口元に近づけて、その小さな口が大きく開いたところで、ミルクですよーと声をかけて、ミルクを飲ませた。

 半分ほど飲み終えたところで、顔を反らしたので、もうお腹いっぱいなのだろうと判断。

 横抱きから縦抱きに姿勢を変えて、吐くかもしれないので、父に肩にタオルをかけてもらい、我が子の背中をやさしくさすってげっぷを促す。

 ゆっくり、テンポは同じ、やさしく。

 げふい。

 とても逞しいげっぷが出たので、さあ次は遊びの時間だ。

 と思いきや、おねむの時間のようだ。

 すでに目を瞑って眠っている我が子を布団の中へと戻した母は、立ち上がって、少し悲しげな父の肩を叩いた。


 ミルク、寝かしつけ、無事にラジャー。

 ありがとうございますラジャー。

 どういたしましてラジャー。


 ストップウォッチのアラームが鳴り響く中。

 父と母は熱い握手を交わし合ってのち、準備は順調だと笑って腰を下ろし、優しいまなざしを向けた。

 将来の我が子に見立てたベイビー人形へと。











(2024.2.29)







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ラジャー 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ