バッファロー・ライダー・ウィズ・カップヌードル

赤夜燈

社会の家畜、それが社畜。

 彼女には三分以内にやらなければならないことがあった。


 髪を乾かして結ぶことである。

 そうでなければ、目の前の夕飯なんだか朝食なんだかのカップヌードルが食べられないからだ。


 カップヌードルの上には雑誌の「バッファロー」が置かれていた。彼女の会社で作っている雑誌だったが、どちらかというと動物のほうが彼女は好きだった。


 彼女はドライヤーのスイッチを入れた。


 彼女はいわゆる社畜であった。

 新卒で、とある大企業に入社した。

 一年目は、社会人とはこういうものなんだと思った。

 二年目に、なにかがおかしいと思った。

 三年目に、同期が全員辞めた。

 

 終電帰宅は、できる日のほうが珍しい。なので会社の近く、というか隣に部屋を借りた。

 結果、深夜なんだか朝方なんだかに帰宅するのが当たり前になった。

 今日も、帰宅するなりシャワーを浴びて、部屋着であるブラトップと三枚千円のパンツを履いて、電気ケトルで湧かしたお湯をカップヌードルに注いで、ドライヤーで髪を乾かしていた。


 このとき、しまったと思った。


 彼女は髪が腰まである。美容院に行く暇がないためだ。しかし、三分後にカップヌードルは否応なしにできあがる。


 どうしよう。どうすればいい。伸びてぬるいカップヌードルを食べたくはない。しかし髪の毛を濡らしたままでは風邪をひく。

 迷ったまま右手にドライヤー、左手にカップヌードルと箸を持ってあわあわと慌てた。窓の外では、空が白んでいる。ああ、もう朝か。なんかもう全てが面倒くさい。


 誰か、なにか、全てを破壊してくれないものか。例えば、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れなんかが、もうなにもかも薙ぎ払ってくれないものか。なあ雑誌のバッファローよ。


 そう思ったときだった。




 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが突っ込んできた。無論、動物である。動物の、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れである。


「え?」


 なにがなんだか、と思う隙もなくバッファローの一頭が彼女をじっと見つめ、背中に乗せた。


「うわ、うわわわわ」


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは、彼女の住んでいるアパートを踏みつぶすと――そのまま、彼女を違法労働で使い潰していた大企業のビルを粉砕した。



 彼女は、しばらく呆然としていた。


 呆然として――これからもう二度とあの会社に行かないでいいのだと気づいて、高らかに笑った。


「ブモォ」


 彼女を背に乗せたバッファローがこちらを向いて鳴く。


 そうだ、私はずっとこうしたかった。なにもかもをぶち壊したかった。


 高らかに笑いながら、彼女はバッファローの鋭い角で長く伸びた髪をバッサリと切り落とした。短くなった髪は、風を切るバッファローの速度ですぐに乾いた。


 カップヌードルをすする。


「お――い、しぃ――!!」


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ、その先頭の一頭に乗って食べたカップヌードルの味は、最高だった。その背中から、自由が見えた。


 さあ行こう、野生のバッファローとともに。


 私を縛って飼い殺していた、すべてを破壊し尽くしに。




 幕

 

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バッファロー・ライダー・ウィズ・カップヌードル 赤夜燈 @HomuraKokoro

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