【KAC/甘くないお仕事SS1】リベリュル隊長は時間がない!

滝野れお

リベリュル隊長は時間がない!


(俺には三分以内にやらなければならないことがあった)


 はずなのに……。

 イザックは窓の外の光景に釘づけだ。


 

 泣く子も黙る近衛騎士団黒狼隊の隊長。銀髪にアイスブルーの瞳を持つイザック・リベリュルの日常は秒単位だ。

 表向きの仕事である王太子殿下の護衛任務に加え、黒狼隊本来の任務である諜報活動。各地に散った部下から届いた報告書の暗号を解き、新たな指示を暗号にして送る。

 イザックには、一瞬たりとも気を抜く時間がない、はずだった。


「……キア」


 窓の外に、黒狼隊付きの侍女の姿が見えた。

 平凡な薄茶色の髪に平凡な緑の瞳。平凡な顔つきをした平凡な娘だ。

 初めて彼女を見た時は、あまりの平凡さが諜報活動向きだと思い、少々強引な手を使ってスカウトしたが────ちょっとしたお使い任務が、イザック自ら助けに行くほどの大事になり、彼女を任務から外した。


 今はこの森の中に隠された黒狼隊の隊舎付き侍女として、日々平凡に過ごしている。そう思っていた。


 森の小道を歩くキアの隣には、厨房の者と思われる白衣の青年が並んでいる。

 キアは細長いパンを山ほど抱え、青年は根菜類が入っていると思われる木箱を抱えている。

 二人は笑みを浮かべ、楽し気に会話をしている。


 森の中の隊舎に食材を運ぶのはキアの仕事だが、王宮の厨房は遠い。重い物があれば手伝ってもらっても別に構わない。


 イザックは無理やり窓から目を逸らし、執務机に視線を戻したが、暗号の解読どころか目の前の報告書に集中できなかった。


(何を話しているんだ?)


 イザックの前ではいつもカチカチに緊張しているキアが、今は柔らかく微笑んでいる。それがどうしても腑に落ちない。


 このままでは仕事に支障が出てしまう。

 イザックは執務机から立ち上がり、食堂へ向かった。


「あ、リベリュル隊長!」


 食堂に入ると、パンを抱えたキアが慌てて踵を揃えた。

 そこに青年の姿がないことに、何故かホッとする。


「キア、時間がない。三分でお茶をくれ」





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC/甘くないお仕事SS1】リベリュル隊長は時間がない! 滝野れお @reo-takino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ