第17話 【 最終話 】 気武装隊の新たな戦力として。
それから数日後のこと。
剛は目を覚ました。
色気もなにもない打ちっ放しのコンクリートの天井。
ここは薬師寺英子の執務室。
完全防磁の事務机と、いくつかの機械装置と、プラスチック製の簡易ベッドだけがある質素な部屋である。
以前、剛の正体がバレて英子に捕まったとき寝かされていた部屋でもあった。
「起きたのかい?」
カチャリというドアの開く音とともに英子が姿を現した。
「今日はだいぶ気分がいいです。身体も、もう……、ほら」
と、剛は上半身を起こし両手をぐるぐる回してみせる。
「まったく、お
「……でも、そのお陰で咲姫を失ってしまいました」
「寂しいのか?」
剛は軽く首を振る。
「正直に言えばそうです。でも慣れることにします」
「そうか。
……あ、そうそう、今日はお客がいるンだよ」
「お客?」
剛が、そう問い返したときに英子の背後から長良希美が姿を見せた。
「こんにちは。だいぶ元気そうね?」
学校帰りなのか希美は制服姿であった。
「お前こそ大丈夫なのかよ。
……もう慣れたのか?」
「うん。最初は身体のあちこちが痛くなったりして大変だったけど、もう平気。
――そうそう、最近はケンカしたりもするんだよ」
希美はそう言って笑顔になる。
真夏のひまわりのような明るい笑顔だ。
とたんに殺風景な部屋が華やかになる。
「さ、今日は単なる見舞いじゃないんだ。ある実験を行おうと考えているンだよ」
「実験?」
剛が問う。
「ああ、実験さ。
……こいつはなんだと思う?」
英子は部屋の隅に設置された機械装置をポンと叩く。
「イ、
剛が答える。
「当たりだ。
――じゃあ、続いて第二問だ。
この消磁機を逆作動させるとなにが起こるンだい?」
「ち、地磁場現象ですよね」
「当たりだ」
そう答えた英子はスイッチを入れた。
むろん逆作動である。
すると部屋の中の空気が一瞬歪み、紫色のプラズマ放電が飛び交い始める。
そしてサーッというホワイトノイズが発生した。
「ほお、大丈夫なようだな」
英子が剛を見てそう言った。
「二体とも眠っているというか、失神しているというか、とにかく話しかけても返事がない状態です」
剛が答える。
「この間の逆だな」
「逆?」
「ああ、この間は失神している希美に鬼子蛇神が取り憑いた。
それに鬼子爬神が融合を図ったわけだ」
英子は腕組みをして更に話を進める。
「――いや、後からわかったことなンだが鬼子龍神の強さはあの程度じゃないンだよ。
母体となった希美が失神していたことで全力を出し切れていなかったということだ」
「どう言うことです……?」
「どう言うことですか……?」
剛と希美の声がハモる。
「つまりだな。
もし希美がこの世の支配を目論んでいて、そんで鬼子龍神を具現化させたら文字通りの無敵の存在になっていた可能性があるってことさ」
剛は思わず息を飲む。
あの鬼子龍神は、鬼子姫神の爪が効かず、おそらく最強の攻撃手段である
そして極光のバルカン砲ですら通用しなかった相手だ。
その状態ですら不完全な実力だったというのだ。
だとしたら……、龍神の本当の強さは?
考えるだけで冷や汗が出そうである。
「――それでだ。
アタシが逆と言ったのは、今度は鬼神の方が失神中なのだから宿主であるお前さんの意志で鬼子龍神に変身できるってことだ。
なにしろ体内に鬼子爬神と鬼子蛇神を持っているンだからな」
「俺が……?」
「ああ、そうさ。もっとも邪悪な野望を持つ鬼子爬神が眠っちまってンだから、あのときと同じで、真の実力は発揮できないだろうけどね」
「……俺がホントに鬼子龍神に変身できるって?」
「ああ、そうさ。なんなら試しに変身してみるかい?」
英子が冗談めかして言う。
剛は部屋を見回した。
畳で言うと十畳程度しかない室内だ。
「やめときます。ここで鬼子龍神を具現化させたら、この部屋の天井を突き破ってしまいそうですし――」
そのときだった。
「――私が貴様と戦う可能性もあるぞ。なにしろ鬼神同士は覇を争うものだからな」
聞き覚えのある声がした。
「咲姫っ」
鬼立咲姫であった。
今、咲姫は希美を宿主としているのだ。
この部屋が地磁場現象に満たされたことから希美の身体と入れ替わり具現化したのである。
これは薬師寺英子の計らいであった。
あの決戦のときは緊急事態で一時的に三体の鬼神を内包した剛だが、さすがの大容量の剛の器でもそれには無理があったからである。
そのため剛から鬼子姫神のみを抜き出して希美に宿らせたのだ。
これによって鬼神二体なら受け入れられる剛の身体に爬神と蛇神を残し、一度宿らせたことで親和性が高くなった希美の身体に姫神を移したのであった。
そしてその結果、薬師寺英子はここで鬼子姫神と鬼子龍神という二体の強力な鬼神を戦力に加えたことになったのである。
「その様子では、相当回復したようだな?
――もっとも希美から話は聞いているが」
「咲姫こそ元気そうだね。
なんたって希美とケンカもしているっていうから相当仲良くなったって証じゃないか」
「ば、馬鹿な」
「でもさ、咲姫が俺以外の人間とコミュニケートできるなんて、相当の進歩だよ」
「なっ……。き、貴様とはもう口をきかん」
咲姫はむくれてそっぽを向く。
照れているのだ。
剛はこれで良かったのだと思うことにした。
咲姫と離れるのは確かに辛い。
なんといっても十年間、寝食をともにした仲なのだから。
だけど……、こうして咲姫を向かい合って会話ができる。
咲姫をひとりの人格として、少女として、接することができる。
それが剛には、なによりも新鮮だったのであった。
了
その身にまとうは鬼子姫神 鬼居かます @onikama2
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