第16話 決戦。鬼子姫神、極光 VS 合体鬼神。

 極光の格納庫でもある地下の大空洞も浸水が始まっていた。 

 まだ膝下までしか水は溜まっていないが、地下深部に位置することから水没するのは時間の問題に思えた。

 

 

 

「リフトが動かないので極光は地上へは出せませんね」




 機長の亜門あもん清嗣きよつぐ大尉がようやく到着した薬師寺英子を見て、そう答えた。

 すでに整備員たちは避難を行い、今ここに残っているのは搭乗員だけである。

 最初、亜門や古葉こば中尉たちは銀髪銀眉銀眼の英子を見て息を飲んだ。

 だが、

 

 

 

「これがアタシの正体さ」




 と、鬼子医神きしいしんの説明を受けたことで納得する。

 元々謎が多い指揮官の秘密のひとつを更にひとつ知っただけのことではあるし、英子が鬼神であろうと上司には違いないからである。

 上下関係が厳格な軍事組織ではこの程度でのことでは機能に混乱は起きない。

 

 

 

「手動でもリフトはダメなのかい?」




「ええ。ダメっス。とにかく扉がえらく重いんで、ここにあるディーゼル発電機くらいじゃびくともしないっスね」




 副長の古葉こば昌幸まさゆきが両手を広げてため息を吐く。

 

 

 

「じゃあ、しかたないね。お前さんたちも乗り込みな」




「の、乗るんですか? ですが、それでは……」




 亜門が驚きの声を出す。

 

 

 

「空は飛べなくても消磁機イレイサーとバルカン砲は使えるンだ。

 頼むから、ちゃっちゃっとやっちゃっておくれ。

 そして搭乗員は全員ともきっちりと防磁プロテクターを装着するンだよ」

 

 

 

 英子の言葉に一同は怪訝な顔をしつつも迅速に作業に取りかかるのであった。

 

 

 

 鬼子姫神はコントロールルームを抜けて手術室に到着していた。

 濃厚な鬼神の気配を追って辿り着いたのがここだったのだ。

 だが、

 

 

 

「遅かったか……」




 手術室はもぬけの殻であった。

 いや、正確には失神させられた研究員たちが呻いている姿だけが残されていたのである。

 

 

 

(――咲姫っ、希美が!)




「わかっている。ヤツに、鬼子爬神に連れ去られたのに違いない」




(――こうしちゃいられないんだけど、でも、なんで?)




「知らん。そういうことは薬師寺の方が詳しいだろう」




『――希美の身体に鬼神が宿ったからだろう』




 剛と姫神の会話を聞いていたかのようなタイミングで薬師寺英子が割り込む。

 いや、実際聞いていたのだろう。

 

 

 

「なんの鬼神なのか、わかるのか?」




『ああ。希美に取り憑いた黒い墨の流れのような鬼神は……、鬼子蛇神きしじゃしん




(――鬼子蛇神。蛇の鬼神だったのか……)




「うむ。そういうことになる」




 剛の問いに姫神が答える。

 

 

 

 鬼子蛇神とは文字通りヘビの鬼神である。

 具現化すれば大蛇おろちとなる強力な鬼神だ。

 

 

 

『……おそらくなンだが、ヤツは鬼神同士の融合を狙っている』




 英子がそう告げた。

 

 

 

「馬鹿な。それでは下手をすれば十年前の二の舞だぞ」




(――それが……、あの事件の真相!)




 剛は理解した。

 鬼神という相反する高エネルギー体同士による接触の大爆発こそが、あの大空洞が生まれた原因だったのだ。

 咲姫と初めて出会い、そして同化し、鬼子爬神と戦闘を繰り広げ、そして起こった大惨事。

 剛はそのすべてを思い出していた。

 

 

 

「ここに長居は無用だ。ヤツはすでに大空洞に向かっているに違いない」




 姫神の言葉に剛は同意した。

 そして手術室を後にし通路を再び疾走し始めたときであった。

 

 

 

(――だけど鬼子爬神はどうして空洞に向かうのかな? あそこでなければならない理由でもあるの?)




 剛が問う。

 

 

 

『鬼神同士の融合は最悪の場合は力が飽和しきれずに爆発を起こす。

 だが、うまくいけば強力な力を手に入れることができるのだ。

 そしてその場合、身体が巨大化し、戦闘力も上がる』

 

 

 

 英子がそう答えた。

 

 

 

(――合体パワーアップかよ。イヤな組み合わせだな)




「だから広い空間が必要なのだろう」



 姫神がそう締めくくった。

 

 

 

 やがて姫神は大空洞へと到着した。

 

 

 

「いたっ」




(――間に合ったね)




 地下空洞のほぼ入り口付近、そこに目標を見つけたのだ。

 鬼子爬神が小脇に失神した希美を抱えて疾駆している後ろ姿を発見したのである。

 やはり速度は鬼子姫神の方が上であった。

 

 

 

「鬼子爬神っ! 貴様―っ!」




 姫神が水を蹴り跳躍した。

 水の抵抗など苦にもしない圧倒的な飛翔である。そして彼我の距離が瞬く間に縮まった。

 

 

 

 だが、次の瞬間である。

 

 

 

「ぬっ……!」




 姫神は爪先を逸らした。そしてそのままなにもせずに着地する。

 

 

 

「くふるるるる」




 不適な鬼子爬神の笑い声が漏れる。

 爬神は振り返りざまに希美の身体を全面に押し出したのだ。

 つまり希美を盾にしたのである。

 

 

 

「卑怯な」




「くふるるるる……。今は貴様ごときの相手をしている暇はない」




「ならばっ!」




 と、姫神は大空洞の横壁を蹴り、その背後へと跳躍する。

 だがその動きの意図は簡単に見破られる。

 爬神はくるりと身体を回し再び希美の身体を盾にする。

 

 

 

「手も足も出るまい」




 不敵にほくそ笑む鬼子爬神はそのままの姿勢でゆっくりと歩を進める。

 

 

 

「剛、なにか手は浮かばないか?」




(――うーん。

 考えてはいるんだけど、こうも場所がだだっ広いと咲姫の速度を持ってしても、どうしようもない)




 なすすべもなく姫神は間隔を開けて後を追う。

 

 

 

「くふるるるる……。ここなら良かろう」




 鬼子爬神は地下空洞中心付近に到着し不敵にほくそ笑んだ。

 そして気を失っている希美の腹をまさぐり始めたのである。

 

 

 

「なにをするっ?」




 鬼子姫神は身構える。

 瞬殺を狙っての構えだ。

 だが、動けない。鬼子姫神は相変わらず希美の身体を盾にしているからだ。

 

 

 

 そして次の瞬間だった。

 鬼子爬神の身体がどっと倒れたのだ。 

 辺りにはバシャーンとした派手な水音が響く。

 

 

 

(なっ……?)




 姫神はすぐさま床を蹴った。

 そして水を弾き飛ばして着地する。

 すると仰向けにプカリと水中から浮かぶ男の姿があった。

 

 

 

 しかしその姿は鬼子爬神ではない。

 それは今まで宿主にされていたこの基地の技術員であった。 

 

 

 

「わからん」




 辺りを見回す。

 だが他になにも見あたらない。

 

 

 

(――の、希美は……?)




「うむ。もしや……」




 そのときであった。

 水面下に真っ黒な影が映った。

 そしてゆらりと揺れたかと思えた瞬間、スザザザーッとなにかが水を割って水面下から弾き飛んできたのだ。

 

 

 

「くっ!」


 鬼子姫神は瞬時に水を蹴り宙に舞う。

 すると大木のような真っ黒なものが、ブウーンッと、ものすごい風圧とともに迫ってきたのである。

 

 

 

(――尻尾っ!)




 それは尾であった。

 一抱え以上もある樹齢百年くらいの大樹のような太さである。

 その尾が意志を持ったかのようにうねり、宙の姫神を追う。

 

 

 

(――咲姫っ)




「クッ」




 姫神は空洞の壁を三角飛びに蹴り、更に高みに跳躍する。

 が、尾を振り切れない。

 

 

 

「ぐああああああっ」




 姫神の身体が宙をくるくると舞う。

 直撃を受けた訳ではない。風圧に翻弄されただけなのである。

 にも関わらず鬼子姫神の肉体に激痛が走る。圧倒的な力であった。

 

 

 

(――咲姫っ)




「……わからん。ヤツの攻撃力が格段に上がっている」




 すんでのところで掴んだ螺旋階段の手すりに掴まりながら姫神が言う。

 そして息は絶え絶えだ。

 

 

 

 そのときであった。

 ズザザザザザッー、と水が割れ、黒い鎌首が水面から現れたのである。

 そして徐々に身体が現れ始める。

 

 

 

(――なっ……!)




「む、むう」




 それはあまりにも巨大であった。

 するどい歯が並ぶ肉食恐竜を思わせる頭部。

 ……やがてその全容が明らかになる。

 

 

 

(――恐竜? い、いや、違う)




 蛇のような長い体躯、背の翼、鋭く太い四肢、全身に覆われた堅い鱗。

 その丈は十メートル以上はあろうか。

 

 

 

(――龍……?)




「龍神……」




 グオオオオオッと地響きのような唸り声が空洞内に反響する。

 

 

 


 ――鬼子龍神きしりゅうじん、降臨――

 

 

 


 剛に戦慄が走った。 

 身体や咆哮の大きさの違いだけではない。

 鬼神としての存在感が鬼子姫神と圧倒的に違っている。

 

 

 

(――ワニと大蛇の合体で龍かよっ!)




「うむ、どうやらそのようだな」




 姫神はニヤリと笑みを見せる。

 あり得ないことにこの状況を楽しんでいるのだ。

 やはり覇を争う鬼神としての血がそうさせるのである。

 

 

 

「……試してみるか」




 そして手すりを蹴って水がたまった床へと着地した。

 そしてそれは見上げるほどの巨体と、か細い少女の鬼神同士が対峙した瞬間であった。

 

 

 

「ぐふるるるるる……。小娘、もはやお前には手立てはないぞ。

 この龍神の肉体に弱点はない」




 拳ほどの太さの、その鋭い牙がびっしりと並ぶ口元を歪ませて龍神が言う。

 笑っているのだ。

 

 

 

(――咲姫、本当にやるの? かなりヤバそうなんだけど)



 

「むろんだ。鬼神同士の決着をつける」




 鬼子姫神が呟く。

 例え相手が強大になったとしても、元々、因縁のある敵だからである。

 逃げるという選択肢は姫神にはない。 

 

 

 

「でやああああああああっーーーー!!」




 裂帛の気合いで姫神が叫ぶ。

 髪が総毛立ち炎のように揺らめく。

 そして気が歪んだ。

 

 

 

 唸りを上げて大気が膨らみ、地の水をも巻き上げて大きなうねりを作り出す。

 

 

 

「喰らえっ!」




 気が爆ぜた。

 ドゴオオオオンという響きとともに水礫が無数の矢となって龍神に向かって行く。

 空気がビリビリと共鳴した。

 

 

 

 そして命中。

 とたんに落雷に似たガガガガガアーンッとした衝撃音が空洞内に響き渡る。

 辺りはもうもうたる水煙で視界がまったく効かなくなる。

 

 

 

「てえええええいっ!!」




 間髪を入れず、姫神が地を蹴った。 

 速いっ!

 神速の勢いで巨大な蛇体に肉薄する。

 

 

 

 相手は龍神なのだ。

 気を爆ぜた程度で致命傷など与えられる訳がない。

 そして右腕の爪を繰り出して接近する。

 

 

 

 鬼子龍神は鬼子爬神同様に背面は堅い鱗で覆われていた。

 だから目標は柔らかい腹部であった。

 爬虫の帝王、鬼子龍神と言えども爬虫類の基本的な肉体構造に違いはないはずである。

 

 

 

 だが、ガキンとした音がして姫神の動きは止められた。

 やがて晴れる視界。

 

 

 

 見ると鬼子姫神の爪は微動だもしない蛇体の内腹で止められていた。

 鉄をも切り裂く必殺のかぎ爪が最も柔らかいはずの腹の鱗に阻まれたのだ。

 

 

 

「くっ」




 姫神が苦悶の声を漏らす。

 

 

 

「ぐふるるるる……。効かん、効かん、効かん。

 この身は不死身。

 貴様の爪も、そして牙さえも、もはや我が身にはなんの脅威にもならん」

 

 

 

 ばっくりと開いた巨大な口部から割れるような笑い声が響く。 

 そしてブウンと風圧が襲ってきた。

 

 

 

(――咲姫っ、腕だ。腕が来る)




 剛が叫ぶ。

 すると巨木のような龍神の右腕が迫っていた。

 その指先にある爪は鬼子姫神の二の腕よりも太く刀剣よりも鋭い。

 

 

 

「くっ」




 姫神は宙を舞う。

 絶妙のバランスで姿勢を整え龍神の豪腕を避けながらも防御の構えを取り、すんでのところで避けた。 

 だが、ゴーオッーっという風音が通り過ぎたときに、またもや風圧で吹き飛ばされた。

 

 

 

「ぐああああああっーーーー!!」




 姫神は絶叫した。

 背中から壁に叩きつけられたのだ。

 皮膚が破れ体中の骨が悲鳴を上げた。

 

 

 

(……っ)




 姫神の身体の中で剛が苦悶の声をあげた。

 

 

 

「剛、だ、大丈夫か?」




(……う、うう)




 だが、その声は必死で気を失わないように戦っている声だ。

 鬼子姫神でさえ思わず悲鳴を上げた程の衝撃だ。

 生身の剛には死に等しい激痛が走ったに違いない。

 

 

 

 やがて、ずるりと壁面から滑った姫神の身体は、バシャーンと派手な音を立てて水面に落下した。

 

 

 

つうっ」




 全身を駆け巡る痛みを押して姫神は膝から立ち上がる。

 戦いの序盤にして、すでに満身創痍。

 

 

 

 だが鬼子姫神は歩を進めた。

 敵わぬ相手だからと言って引き下がる訳にはいかない。

 鬼神同士は覇を争う。

 だから鬼子姫神にも鬼神としての矜持がある。

 

 

 

 しかしそれ以上の理由があった。

 今、鬼子龍神が母体としている宿主は他ならぬ長良ながら希美のぞみであったからだ。

 

 

 

 姫神は今、鋭い両腕のかぎ爪、そして神速をもたらす脚部は無事だが、もはや歩くのさえ苦痛を伴うほどのダメージを負っている。

 

 

 

(――咲姫、それは無茶だよ)




 今、鬼子姫神はとぐろを巻いて高くそびえる鬼子龍神に真っ向から歩み始めたからだ。

 

 

 

「私は敵に背中を見せない、引かない、退かない。

 私は常に戦いの中で勝機を掴んできた。

 きっとヤツにも弱点はある」

 

 

 

 姫神はそう呟く。

 だが剛には悲痛な覚悟としか感じられない。

 

 

 

(――せめて二対一の状況に持ち込めれば……)




 だが、それは叶わぬ願いである。

 鬼神ルームに捕らわれていた鬼神たちは、すべて鬼子爬神きしはじんが抹殺してしまったからだ。

 

 

 

「ふるるるる……。とどめだ。

 さらばだ小娘。これでこの世界の鬼神は、この鬼子龍神だけとなる」

 

 

 

 不敵な笑い声とともに、大樹の幹のような龍神の両腕が振り上げられる。

 

 

 

「でああああああああっー!!」




 それに対して鬼子姫神は空気が震撼するほどの気合いを発する。

 いったん中腰となって、溜めを利用して龍神の頭上へと飛翔する。

 

 

 

「喰らえっ!」




 そのときであった。

 

 

 

鬼立きりゅう咲姫さきっ、右に避けろっ!』




 薬師寺英子の怒鳴り声が突然頭の中に響き渡った。

 

 

 

「なにごとだっ!?」




 すでに落下の姿勢になっていた鬼子姫神だったが、その声に反応し右側へと身を捩る。

 

 

 

 そして次の瞬間だった。

 ビリビリビリッ、と、猛烈な射撃音が反響したのである。 

 水飛沫の爆煙が上がり、さしもの龍神の巨体も水柱に包まれた。

 

 

 

極光オーロラっ! 薬師寺か!」 




 極光であった。

 その主武装である秒間二百発のセラミックバルカン砲が火を噴いたのだ。

 

 

 

「ぐおおおおおおおっ」




 巨龍が悲鳴を上げる。

 

 

 

  □□




「亜門、右から回れっ。側面部から攻撃するンだよっ!」




 英子が叫ぶ。

 今、極光は飛行していない。

 機体を左右に滑らせながら水面を滑空しているのだ。

 

 

 

 浸水が幸いした。

 この空洞はドーム球場の数倍はあるにしても戦闘用ヘリが自由に飛行できるほど広い訳ではないからである。

 

 

 

 極光は今、両翼のローターを前方に傾け機体下部の主砲だけを、ぎりぎり水面上に露出させた前傾姿勢という曲芸のような飛行をしている。

 その様はまるで水中翼船である

 

 

 

 そして機内。

 英子の姿は元の黒髪黒眉黒眼に戻っている。消磁機が作動しているからである。

 

 

 

 やがて晴れる視界。

 

 

 

「……むう」




 英子は唸る。

 

 

 

「……姐さん、……これって軽傷ってことっスよね?」




 副長の古葉中尉がそういうのも無理はない。

 確かにセラミックニードル弾は多数命中した。




 だが鬼子龍神は左右に首を捻って姿勢を軽々と立て直したのである。

 見れば胸元にわずかな出血が見られるが、かすり傷程度といって差し支えない。

 

 

 

「参ったね。鬼子姫神の爪も、この極光のバルカン砲も効かないンじゃ倒しようがないってことになるね。

 ……って、亜門っ、急速離脱っ!」

 

 

 

 英子は、極光を曲芸のような滑空で操舵する機長の亜門大尉に怒鳴る。

 

 

 

 ゴオオオオオオオッと風圧が極光を揺さぶる。

 鬼子龍神のその太い豪腕が機体の側をすり抜けたのだ。

 まさに間一髪の操縦である。

 さしもの極光でも、あの龍神の腕が直撃すれば無傷ですむはずがない。

 

 

 

「もっかい来ンよっ! 亜門、避けるンだっ!」




「くっ。……姐さん、そう無理言いなさんな。こっちは飛べねえんだからっ」




 亜門が操縦桿を真横に目一杯押し倒す。

 だが、空中と異なり水面上ではその機動力はかなり鈍い。 

 瞬間、機内は横倒しになりかける。

 二度目の攻撃も直撃は免れたが風圧で起きた高波に翻弄されたのだ。

 

 

 

「ちいっ……」




 英子はとっさにグリップを掴む。

 すると窓の外が見えた。

 

 

 

「鬼子姫神っ!」




 英子には小回りの効かない極光が今の攻撃を避けられた原因がわかった。 

 今の第二波は躱すことができたのではなく姫神が援護してくれたのだ。

 

 

 

 鬼子姫神は第一波の攻撃の直後、龍神の背後に回り、するどい爪で一撃を加えたのであった。

 むろんそれが、有効打になるわけではないが、鬼子龍神の気をそぐ効果は発揮したのだ。

 

 


  □□

  

  

 ガキンと堅い音がして爪が止まった。

 

 

 

「くっ……」




 そして次の瞬間には龍神の背を蹴って宙に舞っていた。

 

 

 

(――む。やっぱり効かないね。

 でも薬師寺さんたちは無事みたいだし、うまい援護にはなったと思う)

 

 

 

「そうかもしれん。

 だが、このままではいつまでたっても千日手だ。

 いや、私の体力にも限界がある、そして薬師寺たちにも残弾の問題があるはずだから、こちらが不利なのは間違いない」

 

 

 

(――そうかも)




「だが、……どこかに弱点はあるはず。

 龍神といっても生物には違いない。決して無敵ではないはずだ」

 

 

 

(――わかった。考えてみる)




 剛はしばらく思案する。

 見ると体制を立て直した極光が水面で旋回して再び攻撃を始めている。

 猛水シャワーのようなニードル弾は巨龍に着弾すると辺り一面水柱が立ち上る。 

 だがその水煙が霧散すると、やはり、ほぼ無傷な巨体が姿を現す。

 

 

 

(――咲姫の攻撃では無理。そしてあのバルカン砲でも効き目は薄い……)




「確かに。あの堅い外皮がある限り決して倒せない。

 こちらが勝っているのは数の優位と私の速度だけだ」

 

 

 

(――む。……待って)




 剛は思案し始める。

 

 

 

(――堅い外皮への対策? ……数の優位? ……咲姫の速度? それらを考慮して……。

 ――あっ、あるっ!)




「なにが、あるのだ」




(――方法だよ。やつの外皮を無効にする方法がひとつだけ、あるんだっ!)




「ど、どんな方法だ?」




 剛は事細かに作戦を説明する。

 だが内容を告げ終えると鬼子姫神は即座に首を横に振ったのである。

 

 

 

「……む、無茶だ。それでは貴様の身体が持たないぞ」




(――でも、他に方法がない)




「いいや、無理だ。私は絶対に承知できない」




(――相棒の頼みだ。頼む)




「いいや、駄目だ。それに相棒の頼みはさっき聞いた」




 相棒の頼みとは薬師寺英子の指揮下に入れば剛と同化できる条件のことである。

 

 

 

『――興味深い作戦だね。それ以外に方法は、ないって言ってもいい』




 その英子が会話に急に割り込んだ。

 元の人間の姿に戻っても剛と鬼子姫神のやりとりは盗み聞きできるらしい。

 

 

 

『アタシの指揮に従うって条件を飲んだンだろ。だったら実行すべきだね』




「薬師寺……。貴様」




(――咲姫、他に方法はないんだ。やってくれ)




 姫神は唇を噛んだ。

 

 

 

(――咲姫っ)




「……わ、わかった。貴様の一か八かの作戦をやってみよう」




 そう答えると、姫神は鬼子龍神から距離を取って大きく旋回している極光とタイミングを合わせるように距離を保ち併走し始めたのである。

 

 

 そして極光のバルカンが火を噴いた。

 バリバリバリバリッとした激しい射撃音が響き渡り巨龍が多数の水柱で見えなくなる。

 

 

 

「でああああああああっーーーー!!」




 姫神は吠えた。

 そして渾身の気合いを込めて頭上へと跳躍をする。

 

 

 

 そして極光は弾の続く限り連射を行う。

 そしてそのまま進路を直進させる。

 鬼子龍神に体当たりを慣行したのである。

 

 

 

 ドガガガガーンと激しい衝突音と衝撃が極光を襲う。

 機体ごと命中したのである。

 だが次の瞬間、衝撃のその後の手応えがなく、極光は鬼子龍神がいたはずの位置をあっさり通過して停止した。

 

 

 

 それもそのはずであった。

 極光と衝突した後に鬼子龍神は弾き飛ばされて宙を舞っていたからである。

 

 

 

 いや、正確には飛ばされたのは巨龍だったはずの長良希美の肉体であった。

 

 

 

(――咲姫っ!)




「承知!」




 希美はつむじ風に舞い上げられた木の葉のように、ひらひらと舞っていた。

 それを鬼子姫神は大空洞の天井付近で受け止めた。

 鬼神ならではの跳躍力である。

 

 

 

 だが次の瞬間、姫神の身体に異変が生じた。

 その姿が小形剛に変化してしまったからである。

 原因は極光の消磁機イレイサーであった。

 

 

 

 今、極光を中心とした半径数メートルの範囲には上に向かって円筒状に通常空間が発生しているのである。

 無敵の外皮を持つ鬼子龍神であっても所詮は鬼神。地磁場現象がなくなれば宿主の身体へと姿を変えてしまうからだ。

 

 

 

 だから、これはイレギュラーな出来事ではない。

 これこそが剛の考えた作戦だった。

 

 

 

 だが危機は消えたわけではない。

 ただの生身の人間に戻ってしまった剛は希美を抱えたまま三十メートル程の下の水面まで墜落を余儀なくされるからだ。

 

 

 

 水は決して柔らかい物体ではない。

 この高さからだと落ちる角度が悪ければ五体満足ではいられない。

 

 

 

「くっ……」




 剛は空中で失神している希美の身体を抱きしめる。

 このまままっすぐ足から落ちれば怪我程度ですむかもしれない。

 そう思ったその瞬間だった。

 

 

 

 希美の身体から墨色アメーバ状と灰色のアメーバがヌルリと染み出した。

 鬼子蛇神きしじゃしん鬼子爬神きしはじんである。

 

 

 

(――剛、そいつらは鬼神だっ!)




 体内から鬼立咲姫が叫ぶ。

 鬼神たちは希美という宿主を捨て、新たな肉体を求めようと抜け出して来たのである。

 

 

 

「さ、させるかっ!」




 吠えた。

 そしてあろうことか剛は伸ばした腕で鬼神たちを掴んでしまったのだ。

 

 

 

 ――それは想定外の出来事だった。

 

 

 

 剛が考えた作戦は、あくまでこうだ。

 極光の消磁機で鬼子龍神の変身を無効化し、その後で希美を回収する手はずだったのである。

 つまり、希美の救出後、希美の身体から二体の鬼神だけを通常空間で抜き取る計画だったのだ。

 

 

 

「俺と同化しろっ!」




 その言葉に鬼立咲姫が動揺する。

 

 

 

(――ば、馬鹿な。それでは貴様の身体からだが持たんぞ)




 確かに剛の身体は鬼神の器として成長している。

 それは咲姫も認めるところだ。

 だが一度に三体もの鬼神を取り込めばどうなるか? 下手をすれば十年前の再現である。

 

 

 

「でも、これしか方法が……」




『――ないだろうな』




 剛の言葉を英子が受け継ぐ。

 鬼子爬神と鬼子蛇神の二体は、剛の腕を伝わり内部へと浸透を始めた。

 

 

 

「ぐわああああああああああああっ……!」




 真っ赤に焼けた鉄板に押しつけられたまま四肢を引き裂かれるような痛みと衝撃が剛を襲う。

 息が詰まり身体中ががくがくと痙攣を始めた。

 

 

 

つうっ……!)




 同時に体内の咲姫にも激痛が駆け巡る。

 己の存在が剛の中で伸縮を繰り返す。

 自分だけの居場所に招かれざる招待客が二名も割り込んで来たのだ。

 

 

 

 ――十年前の再来。

 

 

 それはひとつの肉体に複数の鬼神が宿った結果、相容れぬ存在同士の反作用爆発が原因だ。

 

 

 

 鬼子爬神と鬼子蛇神が融合して鬼子龍神になり得たのは互いに爬虫類系なことから親和性が高いからだ。

 鬼子姫神は決してそれに該当しない。 

 もとより鬼子姫神と爬神、蛇神は融合できる訳がないのだ。

 

 

 

 やがて絶叫の声を響かせながら、剛の身体は極光の脇の水面に落下した。

 そしてそのままゆらゆらと水底に沈んでゆくのであった。  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る