第二章「伴侶」 第07話
「ほぅ。お姉ちゃん。その呼び方も良いな。ミカゲ、私のことはシルヴィお姉ちゃんで――」
「シルヴィ、後にしなさい。一応確認しますが、ミカゲさんは戦えませんよね?」
お姉様の発言をぶった切ってお母様が尋ねると、ミカゲは少し考えて頷いた。
「……そう考えてくれて良い」
「ルミだけではなくミカゲまで……うぅ、心配だ。やはり私が学校を辞めて――」
「落ち着きなさい。さすがにそれを許すことはできません。アーシェはどう考えていますか?」
再度お姉様の発言を遮ったお母様はため息をつき、アーシェに目を向けて尋ねた。
「私見となりますが、
「むっ、ルミに薄汚いゴミが近寄ることなど許されん! 騎士団から一部隊を護衛に――」
「クロードも落ち着いてください。ハーバス子爵の所はまだしも、これからルミが訪ねるすべての
「私としても騎士団を引き連れて行動するのは、さすがに……」
腰を浮かせたお父様を即座にお母様が抑え、私もそれに同調する。
前世の感覚で喩えるなら、国の要人が軍隊を連れて他国を訪問するような感じかな?
この世界では魔物や盗賊などのリスクも高いので、交渉すれば認められるだろうけど、あまり良い顔はされないし、当然のように行動は制限され、時間もかかりすぎる。
できるだけ多くの
「お父様、一つ確認したいのですが、最近は魔物の動きが活発という噂は本当ですか?」
お姉様が漏らした話や氾濫の周期に加え、実は宿場町でもそういう噂を耳にした。
実際はどうなのかと尋ねてみれば、お父様は苦虫を噛み潰したような顔で頷く。
「……まだ確定的ではないが、否定はできないな」
「であれば、騎士団から腕利きを引き抜くのは避けたいですね。やはり、傭兵でしょうか?」
護衛として私に同行するのであれば、どうしてもその期間は長くなる。
魔物の氾濫という不確定要素がある以上、私の事情で騎士団の戦力を減らすのは避けたい。
「ぐぬぬ……。だが、男はダメだぞ! ルミの可愛さにやられかねんっ」
「その条件では、ますます厳しくなるのですが……」
とはいえ、お父様の懸念も理解はできる。
私も未婚の貴族女性。将来のことを考えれば、外聞にも気を遣う必要がある。
「大々的に募集をしてみましょうか? 女性で強い人も見つかるかもしれません」
内部で人が用意できないなら、外部に人材を求める。
とても妥当な方法だと思ったのだけど、それに待ったを掛けたのはアーシェだった。
「お嬢様、それは危険です。下手をすると、騎士団を辞めて手を挙げる者が出かねません」
「さすがにそれは……ないのでは?」
騎士団に所属できるのはシンクハルト家に仕える家臣の親族か、極一部の選ばれた平民のみであり、そこを辞めることはエリート街道からドロップアウトするに等しい。
私のためにそんな決断をする人なんて、いるとは思えないんだけど……。
「いや、そんなことはない! 許されるなら、私だって学校を辞めて付いていく所存だ!」
「だからシルヴィ、それは許しませんって。学校は王族との関係もあるのですから」
我が家の大事なストッパーはお母様。ある意味で一番の常識人である。
そんなお母様は呆れたようにお姉様を抑え、そのまま私の方にも目を向けた。
「ですが、ルミが自身の人気を過小評価していることは、間違いないですね。男性たちはもちろん、女性騎士たちの間でもあなたは人気があるのですよ? 努力している姿が母性を
「そ、そこまで年齢差はないはずなんですが」
女性騎士の多くは三〇歳までに引退する。
そのため彼女たちは私と同年代から二〇代半ばまでが多く、実年齢の差は大きくない。
「絶対、外見で言われてますよね。しかも、努力している姿って……」
強いとか言われていないのがミソである――お姉様と違って。
お姉様の方は単純に強くて凜々しいと、騎士団に慕われてるからねぇ。
「しかし、募集ができないとなると、私には護衛の心当たりがなくなるのですが」
シンクハルト家の家臣を除くと、私と交流があるのは町の開発に関わる人ぐらい。
何か心当たりはないかとアーシェに目を向けると、彼女は明らかに嫌々手を挙げた。
「……あまりお薦めしたくはないのですが、一応、心当たりはあります」
「アーシェの推薦なら信用できそうですが。なぜ、そんなに嫌そうなのですか?」
「それはですね、お嬢様。私とお嬢様の二人旅に不純物が入るからです! 苦渋の決断です!」
「だから三人。我、忘れられがち?」
なぜか力説するアーシェと、自分が数に入っていなくて不満げなミカゲ。
しかしアーシェは、平然と首を振る。
「もちろん覚えていますが、ミカゲさんとお嬢様は一心同体。まったく邪魔にはなりませんし、むしろ可愛いが増えて嬉しいまであります。――私の
「む。その通り。お姉ちゃんと
――大丈夫かな? 私のメイドは。
そんな不安を覚えるけれど、ミカゲは「アーシェはよく解ってる」と凄く満足そうである。
「むむむ、ルミ第一主義のアーシェが推薦する人物か。それであれば、下手な人物を付けるより余程安心はできそうだが……。アーシェ、大丈夫なんだろうな?」
「はい。腕は立ちますし、お嬢様に手を出すようなことは決してないと保証できます」
お父様の確認にアーシェは断言するが、その苦々しい表情に私は少し不安を覚えるのだった。
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