第3話
机の上、ベッドの隅、天井の四隅、クローゼット。あらゆるところを探したがカメラらしきものはない。電源スイッチの蓋を取り外してみるも盗聴器のそれらしきものはない。
『周りに人間が折らず、小説だけが自分の辛さを癒してくれるものだとして異様にはまっているようだから、これを読めばカメラや盗聴器を部屋中四つん這いで探しているだろう。僕の被った傷を考えるとまだまだ生ぬるい。僕はお前を殺す。いつもお前が利用している駅で待ち伏せて必ず突き落としてやる』
望むところだよ。返り討ちにしてやる。あの糞野郎が。
自転車に乗って最寄り駅まで漕いだ。ちょうど夕方の六時を過ぎていて駅のホームは降りてくる人が多い。
江島のやつ、どこに隠れてやがる。ベンチ、並んでいる人、自動販売機の裏。くまなく探すが江島の姿はない。桜井コスモなんてふざけたペンネーム使いやがって。
「まもなく一番線に電車がまいります。黄色い線の内側でお待ちください」
駅員のアナウンスが真上から響いた。殺されないようにホームの真ん中で待機する。どうやって僕を殺すつもりなんだ。やっぱり小説内での妄想なのか。そもそもたまたま僕に当てはまっているだけで、僕のことではないかもしれない。
あまり長居すると駐輪代が高くなる。僕は電車から降りてきた人々の波に混じって階段に向かった。
「どこ行くんだよ」
背中の一部分が妙に熱い。しかも痛みを帯びてきた。触ろうとすると、何か刺さっている。じわりと濡れる感触が広がっていく。刺されたのか。
「僕は別に殺す手段にこだわってるわけじゃないんでね。桜井コスモはアナグラムなんだ。死ぬ前に考えれば痛みをごまかせるかもな」
背中の痛みが全身に広がっていく。息が上手く吸えない。いつのまにか膝がホームについていた。こんなに人ごみの邪魔なのに、人々は僕を川の石のようにうまく避けていく。助けてくれ。
「お前を助けに何か来るわけねえだろ。じゃあな」
江島は僕を刺したナイフを抉るように捻ったあと、人ごみの中の溶け込んでいった。桜井コスモ。考えなくてもわかる。拳を握っても口内の肉を噛んでも背中に勝る痛みはない。
「大丈夫ですか?」
誰かが声をかけてくれたが、言葉が何にも出ない。意識が飛んでいきそうだ。鞄に入れた雑誌を取り出す。血まみれの手のせいで、ページをめくるたびに赤く滲んでいく。その小説の最後のページを開ける前に力がなくなった。ボリュームを絞るようにゆっくりと音が消えていった。
私小説 佐々井 サイジ @sasaisaiji
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