第2話
主人公はプロの小説家を夢見て新人賞に応募し続けていた。年齢は僕と同じ二十五歳で仕事はおろかバイトもしておらず、実家で引きこもりながら執筆活動を続けている。それは中学時代のいじめが原因だった。
『豊崎が今目の前に現れたら、僕はきっと殺してしまうだろう。豊崎が僕の人生に現れなければ、小説家になろうとも思わなかっただろう。しかし私は本来小説家になどなりたくないのだ。豊崎に奪われ、侮辱されたこの人生の果てに残っているのは、果てしない怨恨を文章にして晴らしていくことくらいしかできないのだから』
主人公は豊崎を主としたグループに壮絶ないじめをされていた。机や椅子に落書きされたり暴力を振るわれたりといったすぐに思い浮かぶいじめの芸当は一通りされていた。それに加えてトイレで丸裸にされて撮られた写真をグループラインに貼りつけられたり、クラスのマドンナの家に忍び込んで下着を盗み、マドンナの裸の写真を盗撮させて通報されたりといった、よく文章に落としこめたなと思うような、不快な陰険さが常に付きまとう文章だった。読んでいるだけで胸にチクチク刺さってくる。
『私小説で終わらせるつもりはない。なぜならそこに物語はないからだ。ただ豊崎の加虐性が具体化されただけのいじめ告発文になってしまうからだ。僕はこれを告発文ではなく、豊崎を追い込んで追い込んで、絶望の果てに苦悶して狂死する様を見届ける目的で書くのだ』
なぜこんな小説が新人賞を受賞してしまったのだろう。今のところ、小説というよりかは豊崎への怒りで狂ってしまった著者の文章というほかなかった。
『豊崎がこの小説を読んでいるならこんなにうれしいことはない。僕の唯一の殺人手段がこの小説を読ませることだから。あんな低そうな知能のヤツがまともに小説など読めそうな感じもしないが、話題になれば手に取るだろう』
雑誌を握る手のひらに汗がにじみ出てくる。
『おい豊崎、お前は常に僕が見張っている。この小説に何月何日何時にどこどこにいて何をしたかを詳細に書くことができる。でもそれはしない。なぜかわかるか。書く価値もないつまらない生活をしているからだ。試しに書いてやると、僕を虐めることで自らの存在価値を保っていたお前が、高校で僕と別になり、友達ができずに三年間過ごし、第一志望、第二志望の大学にすらいけず、粉々に砕かれたプライドを引きずって受験したFランの大学に進合格するが、一浪しようと両親に相談して「バカなんだから何年浪人しても一緒だよ」と言われてそこに進学し、でも大学になじめずに一年も経たずに中退して、六件目でやっと採用されたコンビニでずっとバイトしつつ、両親の財布からバレない程度にお札を抜き取って読んだ気になった小説とか雑誌を買っている豊崎。お前の人生、つまらんものだな。僕はお前みたいな惨めな生活はしない』
動悸が激しくなってきた。なんなんだこの小説は。買わなきゃよかった。カーテンを開け、家の周囲を見渡すが誰もいない。どこから奴は見ているんだ。
まさか――
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