新と旧の力

 ガラドラが君臨する拠点には、四百程のオークが存在する。


 大抵のオークは二十から三十程も集まれば殺し合いを始めて勝手に数を減らすことを考えると、その数と戦力は別次元と言っていいだろう。


 もし人間の王国が四百ものオークがいることを察知すれば、複数の騎士団を投入する必要があり、小国が対応を間違えた場合は国が傾く可能性があるほどだ。


 しかしながらオークに襲い掛かった戦力はか弱い人間ではなく、もっと恐ろしい存在だった。


「ガアアアアアアアアア!」


「なんだ!?」


「敵か!?」


 突然の叫び声にオーク達が反応するが、その叫びの原因を探す必要などない。


「ガアアアアアアアア!」


 再びの咆哮と共に木々の隙間から黒き軍隊群体が姿を現す。


「リザードマン? こんな数が生活できる沼地は近くにない筈だが……」


 暗黒の知識を授けられているガラドラは、黒い人型の蛇、もしくは鰐に酷似している存在に疑問を覚える。


 この黒い軍勢の兵と全く同じ特徴を持つリザードマンは沼地に生息しているが、オークの集落の近辺に千匹を超えているリザードマンが生活できるような沼地はない。


「なにかしらの邪神の企みか?」


 そのためガラドラは、オークを生み出した邪神の企みとは別のなにかとぶつかったのではないかと推測する。


「うおおおおおお!」


「ぶっ殺せえええ!」


 ガラドラが考えに耽っている間にも、明らかな敵を認識したオークが闘争本能を高ぶらせて突撃した。


 両者共に策などない正面衝突。


 倍以上のリザードマンに対して、オークは粗末な石斧やこん棒。果ては素手で襲い掛かる。


 結果は……。


「がはははは!」


 オークの圧勝だ。


 リザードマンは頭を叩き潰され、首を引き千切られる。


 この世界でオークと真っ正面から戦える存在など限られており、たかが倍以上の数程度ではなんの解決にもなっていなかった。


「まあこんなものだろう」


 ガラドラはその結果を当然のものだと受け止める。


 だがこの場にいるのはリザードマンに酷似しているだけの蛇だ。


 そして再生と復活こそが蛇の象徴である。


「ガアアアアアア!」


 三度目の咆哮。


 蛇の背にある黒い葉が輝くと、頭蓋を割られて捩じ切られた部位が瞬く間に再生される。


「弱い奴!」


「死ね!」


 だが復活したところで戦力の差は変わっておらず、オークは再び蛇達を屠ろうとした。


「あ?」


 ポカンとしたオークの声が漏れる。


 確かにまたこん棒や石斧を振り下ろした。また首を捩じ切ろうとした。先程と全く変わらない光景だ。


 それなのに蛇は死ぬどころかギロリとオークを睨み、鋭く伸びた爪先で首を搔き切ろうと襲い掛かる。


「うおおおおおお!」


 尤もその攻撃が届く前に渾身の力を込めたオークに阻まれ、再び頭蓋を粉砕された蛇が地面に倒れ伏す。


 直前に黒き葉が脈動する。


 倒れ伏す前に修復を終えた蛇は、急速に膨張してより太くなった足でガシリと大地を踏みしめた。


「ガアアアアアアア!」


 四度目の咆哮。


「なんだあ!?」


 流石に愚かなオークでも、何度も死体が復活する現象には戸惑いの声を上げてしまい一歩後ずさるが、その分だけ蛇達が前へ出る。


 蛇達は明らかに最初より姿が変わっていた。


 黒い鱗はより硬質で金属のような輝きを宿し、人間より少し大きい程度だった背丈や太さはオークと変わらないまでに成長を遂げていた。


「適応と成長だと!?」


 この蛇の悪辣さと面倒さに気が付いたガラドラの背筋に冷たいものが流れる。


 試作怪人パワー第一号・ニーズヘッグエッグは兵士を生み出す際に、基盤となる遺伝子サンプルが必要となる。そのサンプル摂取に立候補したのは、よりにもよって進化と適応、耐性などといったものに能力を割り振っているシエンだ。


 そこへ試作怪人パワー第二号・ユグドラシールが持つ能力である、葉を張り付けた者への膨大な生命力付与と強化が合わさり、蛇達は一瞬で進化と適応を完了していた。


 再生と不死の象徴である蛇にそんな基盤と強化が追加されたなら、どうなるかなど誰でも分かる。


 いつか追い抜かされるまでの泥仕合だ。


 とは言え全て都合がいい筈はなく弱点も存在しており、凄まじい速度で完了する進化と適応、復活には世界樹の名を冠するユグドラシールでもエネルギーを賄いきれない。


 そのため元々一時間ほどしか稼働できない蛇達は度重なる能力の発動によって、あと三十分から二十分ほど行動出来たら運がいいだろうと評されるような状態だった。


「ちっ」


 だがそんなことを知る筈がないガラドラからすれば、どこまで付き合えばいいか全く分からない蛇の対処を迫られており、舌打ちをするのは当然だろう。


 ガラドラにとって最悪なのは、自分の力すらも適応されてしまい、しかもその個体の息の根を確実に止められないことだ。


 そうなると永遠に泥仕合を強制されてしまい、他の蛇もどんどんとガラドラに適応していずれ圧殺されるだろう。


 ただ現実的にはガラドラへの適応が間に合う前に蛇が稼働限界を迎える可能性の方が圧倒的に高く必要のない心配だったが、やはりそれをガラドラが知る術などない。


 つまりこの蛇に粘り勝ちする程にガラドラは強いのだが、彼の恐ろしいところはそれだけ強いのにリスクを避け、しかもオークという種族のくせに損切りができることだ。


(ここは捨てるか。生きていればまたやり直すことができる。このリザードマン達と活動範囲が被らない場所まで歩くのは面倒だが仕方あるまい)


 ガラドラは独り言ではなく珍しく心の中で、自分が築き上げた王国をあっさりと捨て去る判断を下した。


「ぎゃああああ!?」


「なんでだああああああ!?」


 それを知らないオーク達は先程まで勝っていた蛇達に圧倒されており、疑問の叫びを発しながら鋭い爪で、牙で貫かれ大地に倒れていく。


 だが行動も素早いガラドラは駒が全滅する前に行動を完遂し、僅かなオークと共に離脱することに成功した。


「ガアアアアアアアアア!」


 その後、残ったオーク達を皆殺しにした蛇は勝利の雄叫びを上げながら稼働限界を迎え霞のように消え去り、死体が散乱する戦いの跡地だけが残った。


 ところで特異な行動をすればそれだけ目立つし、最優先で殺す対象になり得る。


「ちっ」


 癖になりそうな舌打ちをするガラドラの視線の先には、木々の隙間を塞ぐように立つ五人程の人影がいた。


 その内の四人覆面を被った暗黒深淵団の戦闘員なのだが、一人だけは普段着の老人だった。


「坂田さん、どうしますかの?」


「ふうむ」


 あくまで念のために配置されていた戦闘員と、小柄で毛髪のない老人。シエンとリバーシの在庫を抱えそうになり頭も抱えていた坂田が、ガラドラを興味深そうに観察していた。


 しかしその視線はリバーシの一件で騒いでいた老人のものではなく、実験を観察する研究者のような冷たいものだ。


「死ねええ!」


 そんなことはお構いなしに、ガラドラに付き従っていたオークが飛び出して襲い掛かる。


「儂がやろう」


 戦闘員がオークに対処するため動こうとすると、坂田は彼らを押し留めて一歩踏み出しオークに接近した。


「おおおおおおおおおお!」


 雄叫びを上げながら突進するオークと、小柄な坂田では勝負にならない圧倒的差がある。


 なぜなら坂田は悪の組織の主力。


 怪人なのだから。


「ぎゃっ!?」


 腕を振り下ろして坂田を叩き潰そうとしたオークは、膝に発生した痛みで悲鳴を上げてその原因を確認しようとした。


 オークの膝から下は、向う脛を蹴った坂田の脚力に耐えきれずぐちゃぐちゃどころか、跡形もなくなっていた。


 片足がなくなったことでオークが地面に手をついて倒れ込んだことで、坂田にとって丁度いい位置に豚のような顔面が下がる。


 次いで坂田の右手が動く。陳腐な言い方をすればパーの形。別の言い方をすれば張り手だ。


 粘着質な音が森に響くと、首から上が消え去った死体が倒れ伏す。


 更に坂田は懐から、非常に頑強に作られたリバーシの石を取り出すと左親指で弾いて感触を確かめ、ガラドラの傍にいた別のオークに狙いを定める。


 乾いた音と破裂音はほぼ同時だった。


 坂田が指で弾いただけで、異なる世界で対物ライフルと呼称される兵器を凌駕する威力となった白と黒の石は飛翔し、オークの頭部を粉々に爆散させてしまった。


「昭和ってグロいのに寛容だよな」


 そこへ青年形態のシエンとエルフ達が追いついた。そしてシエンはとりとめもない独り言を呟き、丁度いいサイズの岩を見つけてそこへ腰を下ろす。


「坂田の爺さんに任すわ」


「承知しましたぞ」


 シエンの言葉と共に坂田の姿が歪んで再構築される。


 奇怪な姿といっていい。


 手足は連なったリバーシの石が伸びているだけ。胴体に至ってはリバーシのゲーム盤が縦となり、枠と緑の下地が正面を向いている奇妙さだ。


「リバーーーーーーーシシシシシ!」


 異なる世界で平和のために戦い抜いたリバーシ怪人、“リバー死”が暗黒の地で叫びを上げる。


 そして戦い方は単純明快。


 突然ガラドラを含めた生き残ったオークの左右に、平らな白と黒の巨大な石が現れる。


 それが重なるように。そしてオーク達を挟みつぶすかのように引かれ合う。


「っ!?」


 ガラドラが慌てて避けようとしても無駄。間一髪での脱出など、ヒーローしか行えない。


 パンチ力換算で百五十t相当の勢いで白い石と黒い石が重なり合い、逃げ場のない衝撃がそのままオーク達を襲う。


「……」


 静寂が満ちた。


 オークの耐久力など通じない。


 破壊神の恩寵など無駄。


 抵抗をする暇もない。


 オークとガラドラの差など、悪の組織にとって誤差も誤差。怪人にとって無意味も無意味。


 ガラドラは自分を殺した存在の正体を知ることなく、白と黒の石に圧し潰されて圧死した。


 これで怪人なのだ。


 大幹部でも幹部でもなく怪人なのだ。


 そしてこれこそが昭和で求められた力であった。

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【ネタ投稿】昭和の悪の組織vsダークファンタジー。昭和の悪の組織だからって舐めんじゃねえ!色々ガバガバってことはスペックもガバガバなんだぞ! 福朗 @fukuiti

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