次世代試作

 マルグリットが操るハエがオークの集落を発見した時、エステルとイネスは恐怖した。


 オークの習性。他の種族の男は食い殺して女を利用することはよく知られていることであり、他の部分も多少の誇張はあっても大部分が正しい情報だった。


 しかも、ハエを介してガラドラの独り言を聞き取ったマルグリットのお陰で、その目的がエルフの母体と世界の破壊であることも把握できていた。


 なお悪いことにオークの生息地とエルフの集落は、ガラドラが本格的に森を探索し始めるといずれ見つかるような距離であり、大きな危機が迫っていると言っていいだろう。


 だからこそ必然だった。


 世界の存続を目指す悪の首領と、エルフの集落を守りたい高貴なエルフの思惑が一致して堕落の力を授けられてしまう。


「っ!?」


 最初に異変を察知したのは、ガラドラに脅されて一応見張りをしていたオークだ。


 ただ、殺気を感じたりといったものではなく本能的。もしくは醜い能力故だ。


「女の匂いだ!」


「雌だ!」


 他種族の異性を感知することに長けたオークの特性が発揮され、これ以上なく華やかな匂いを嗅ぎ取った。


 そして彼らオークは、母体として優れている女を察知すればするほど興奮するのだが、その興奮具合はオークの歴史上最高潮と言ってもいいだろう。


 なぜなら……生きた宝石。至高なる宝物。四貴種エルフが勢揃いしてやって来ているのだから、オークだけではなく全ての男が理性をなくしてしまうだろう。


「女だああああああああああ!」


 純白無垢なる白き肌。腐汁が滴る寸前の甘い紫の肌。闇に溶けそうな灰色の肌。底のない堕落へ誘う褐色肌。


 それらを手に入れるため四体のオークが駆ける。


「頭からっぽすぎだろ。前に遭遇した時は食われそうになったしよお。それとうちはお触り禁止だ」


 オークの目には八人の女しか目に映っておらず、彼女達を率いているかのように前へ立ってぼやく小僧や、集団の後ろで控えている十人程の戦闘員など認識していない。


「ギオマー、イーザック」


「はっ」


「いいでしょう」


 小僧、シエンの声に応じたギオマーは機敏に。イーザックはどこか面倒くさそうに前へ出る。


 戦力では圧倒的差だ。


 人間の成人男性と比べて二倍は背丈があるオークと、子供のように見えるギオマー、女性らしさが溢れるイーザックでは勝負にならないだろう。


 そう。勝負にならない。


 ブゥン。と虫の羽音のようなものが響くと、ギオマーの手にはいつの間にか闇色に輝く槍が握られていた。


 次の瞬間、水へ潜るようにギオマーの小柄な体が地面の影に沈み込むと、オークの背後にある影から飛び上がって槍を背後から突き刺す。


「ごぼっ!?」


 物体。物質的なものではない闇の槍は、オークの逞しい背筋や背骨を無視して貫通。口から血を噴き出したオークが膝をつく前にギオマーは再び影に潜り、別のオークに狙いを定める。


 一方、ギオマーの娘であるイーザックは真っ正面からオークを迎え撃つ。


「オオオオオ!」


 オークが涎をまき散らしながら、抱き着く様に手を広げている姿を冷淡な目で見つめたイーザックは、軽やかに大地を蹴る。それどころか空中に固定化した闇の塊を浮かべてそれを蹴り、空中を僅かに駆けあがる。


 そしてオークの頭に狙いを定めると、しなやかな足を鞭のように振り抜く。


 文字で表現するなら、ゴチャリ。といった音だろうか。


 オークの肌が爆風を受けたかのように歪む。筋繊維が捩じ切れる。骨が砕け散る。


 大きく開脚したイーザックに見惚れたオークの首は、彼女の蹴りに耐えきれず直角以上に折れ曲がり、だらしない顔のまま地面に倒れ伏す。


 同族が一瞬で惨殺されようが、自分なら上手くやって女を巣に連れ帰れると根拠のない自信を持った他のオークも同じ末路だ。


 一瞬で四体のオークを屠ったギオマーとイーザックは、口元以外を隠している布越しに害獣の死を確認した。


「流石は親衛隊だな! わーっはっはっ!」


 二人のナイトエルフが怪人パワーを用いずオークを仕留めたことで、シエンは小声の高笑いを披露した。


 元々戦闘に特化しているナイトエルフにとって、一桁程度のオークは物の数ではなく単なる獲物に過ぎなかった。


 ただ、今回の主役は彼女達ではない。


 集落の長として周囲のエルフ達を守る決意を固めたハイエルフの姉妹だ。


「そんじゃやるか」


「はい」


「はい!」


 シエンに応じて、エステルとイネスの心臓部の白い肌に黒いギザギザ模様。新生暗黒深淵団のシンボルが浮かび上がって発光する。


「くっ……」


「うう……」


 すると二人はなにかに耐えるように目を瞑り、どこか色のある声を漏らす。


 そして着ていたドレスが驚異の科学力で一時的に分解され、代わりにエステルの急所を黒い鱗が。イネスの急所を黒い枝と葉が覆っていく。


 更にエステルの臀部からは黒い蛇の尾のようなものが生え、イネスの頭部には黒い枝と葉で編まれた冠が鎮座している。


 異界の怪人パソコーンから齎された平成、令和の怪人スタイルを参考に作り上げられた、直接改造ではない試作特殊能力付与機能。その一端。


「う、生まれなさい」


「えーっと……」


 力をなんとか使っている状態のエステルの前に、人間とそう変わらない大きさの黒い卵がどこからともなく現れる。そしてイネスの急所を覆っている黒い葉が零れ落ちると、シールのように卵にくっ付いた。


 すると黒い葉の葉脈がどくんと拍動し、卵が見る見るうちに割れていく。


「ガアアアアアア!」


 飛び出してきた。


 太い四肢がある人型の蛇というべきか。やはり黒い鱗を持ち、尾がしなる。縦に裂けた瞳がぎょろりと動く。ぎらついた牙と爪が怪しく光る。


 蛇のような。あるいは鰐のような恐ろしい顔が天に向かって吠える。


 この世界においてリザードマンと呼称される存在に酷似しているが、純粋な生命体ではなく意思もないエネルギーの塊だし、一間ほどすれば消え去る一時的なものだ。


 ただ問題なのは数である。


「行きなさい!」


 エステルの号令で動く人型の蛇達。その数は千匹。


「きょ、強化!」


 それらが背に黒い葉を張り付かせて進軍を開始する。


 次世代の試作怪人パワー。エステルが授けられたニーズヘッグエッグと、イネスが授けられたユグドラシールのコンセプトは至極単純。


 物量を強化しての圧殺だ。

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