オーク

前書き

忙しかったですが多分今週は執筆できる時間ができました。多分……。



「ぐう……ぐう……」


 エステル達の集落がある断界の森と呼ばれる場所は異常なまでに広く、多種多様な種族が存在するもののお互いの生存圏が被らない。そして森の中心部に生息するあまりにも危険な生物達も、滅多に外に出ることがないためある種の平穏が保たれていた。


 そんな森の外縁部で寝ているのは、見張りを命じられている筈のオークだ。


 オークのルーツは、頭部が三つ縦に連なっている破壊神ガラーが定命の者を滅茶苦茶にするために生み出されたと言われている。


 豚と人間を無理矢理掛け合わせたかのようながっしりとした頭部。肌は森林の中に紛れれば見失いそうになる緑色で、今は瞼が閉じられているが血走った赤い目だけが森で光ることだろう。


 身の丈は成人の人間が二人分ほどの巨漢。腕は人間の胴体程あり、足は逞しく大地を踏みしめる。


 更にこの外見に相応しく怪力の持ち主で、素手なら馬の首を引き抜き、粗末な斧でも持った日には板金鎧を着こんだ騎士を地面のシミにすることなど容易い。


 更に更に異常な耐久力の持ち主で、剣も槍も通さない頑強な皮膚。魔法攻撃に対するある程度の耐性。三日三晩は戦い続けられる闘争本能とスタミナ。


 更に更に更に鋭い牙が突き出ている口は途轍もない悪食で腐った物を平気で食べるし、毒に対する抵抗があるため毒キノコも問題ない。繁殖力も高く、常にオークの女は子供を産み続けている。


 この明らかに人間より上位の生命体は世界の覇権を握ることなど容易い……筈だった。


 なにもかも台無しにする欠点中の欠点がなければ。


 彼らオークは馬鹿すぎるという弱点を抱え、暇さえあれば巣のうちで同族殺しが発生して勝手に間引かれているため、過剰なまでのスペックを全く活用できていなかった。


「ぐう……」


 見張りを命じられているオークは五人いるが、その全員が眠りこけていびきをかいているだけでも、オークの知性が分かるというものである。


 そもそも生みの親である破壊神からして馬鹿だ。


 なにせ知的生命体の信仰心を糧としている神は、言ってしまえば宿主が必要な寄生虫だ。その癖に、破壊や殺害を司るということは、自分の宿主を殺していると同義であり、突き詰めると自分の存在意義に忠実であればあるほど弱体化すると同義なのである。


 そのためか、破壊の神々の産物もまた基本的に馬鹿であり、オークもまた知性という点では全種族で最底辺に位置する。


 ただし、極々稀に例外が誕生するのはどの種族でも同じだ。


「ギャアアアアアアアア!?」


「なんだぁ!?」


 突然響き渡った絶叫に、さしもの鈍感で馬鹿なオークも驚いたように目覚めて、その原因を探ろうとした。


 そこにあったのは赤だ。巨大な赤。


 巨漢のオークでも見上げなければならない背丈。血の如き真っ赤な肌。首からはひもで結ばれたオークの頭蓋骨が二つ垂れ下がり、自前の頭部と合わせて伝承で伝わる破壊神ガラーのようになっている。


 だがなにより特徴的なのは、知性を宿している冷徹な赤い瞳だろう。


「俺は見張りを命じたはずだ。そうだな? 見張りとは誰かが来ていないか。敵が来ていないか。それを確認する役割だ。そう言ったよな? 眠りこけるのはなんと言う? サボりだ」


「ギャアアアアアア!」


 うっすらと燃えているように錯覚してしまいそうなほど赤い悪鬼。オークの古い言葉で破壊神ガラーの怒りを意味する、ガラドラと名乗る異常個体が、サボっていた者の一人を見せしめとして腕を引き抜いたのだ。


「お前達にも見張りの意味をもう一度教えようか?」


「分かった! 見張り! 分かった! 見張り! する!」


「ならばいい。もしまたサボっていたなら、手足を引き抜いて顔だけにするぞ。そうすれば真面目になるだろう」


 そのオークとしての異常性は十分かるだろう。


 単語単語を繋げる通常オークとは違い、流暢な言葉を話せる時点で別格だし、なにより同族でもオークの腕を引き抜くなどそう簡単に行えるものではない。


 このガラドラの特別性はまさに破壊神の恩寵を受けて誕生した。もしくは突然変異としか表現できないだろう。


「ふん」


 ガラドラは役に立たない同族を嘲るように鼻を鳴らすと、巨体に見合わぬしなやかさで自分の治める王国に戻る。


 そこは雑多ながら木の柵に囲まれ、見張り台のようなものまである場所だ。


 通常のオークは自分の住処を細工して守るという発想はなく、寝床の洞窟の周りをうろちょろしているだけだ。


 しかしガラドラの指導で洞窟周りの木が切り倒されると簡素ながら防衛施設が作られ、人家と呼べないこともない建築物が立ち並び始めた。


「はあ……粗末すぎる。やはりエルフが必要だな……」


 ガラドラは自分が作り上げた王国に満足せず溜息を吐く。


 暗黒の神から知識を授けられているガラドラは、エルフとの間に生まれたオークがある程度の知性を持っていることを把握している。


 オークは破壊神ガラーの調整の結果、他種族との交配が可能となっている。その他種族から誕生した子は親が人間の場合は手先が器用である程度の知性。ドワーフの場合は鍛冶の適性。エルフの場合は魔法の適性など、親の遺伝的特性を受け継ぎ強力な場合が多い。


 そのためオークは他種族の女を積極的に狙い勢力を拡大しようとする傾向があり、あらゆる種族から蛇蝎のごとく嫌われていた。


「エルフがどこにいるか絞れるとやりやすいのだが……」


 ガラドラの独り言が多いのは、他のオークに相談したところで建設的な意見は全く出てこず、自分だけで考えることが多いからだ。


 ただ今現在は多少マシになっていた。ほんの少しだけ。


「どうだ? 本当のことを言う気になったか?」


「本当に知らねえんだ! ひょっとしたらエルフがいるかもってだけの理由なんだよおおおおお!」


 ガラドラが話しかけたのは人間で小汚い中年の男だ。


 ただし、中年の足は潰され顔は鼻水と涙でぐちゃぐちゃな哀れな男。という訳ではない。


 人攫いや殺しを嗜む野盗であり、一獲千金を夢見てエルフを探しに来た馬鹿の一人だ。


 大陸の一部を貫くように生い茂る断界の森の奥地、もしくはその先を抜けた未開の場所には、美しいエルフが築いた集落や王国があると噂されている。つまりどこかが保護しているエルフではなく、手つかずのエルフ達の金脈があると思われているのだ。


 そのため生きた宝石をして巨万の富を得る。もしくは自分のモノにするため、堅気ではない連中や酷い時はどこかの王国の正規部隊が森を探索することがある。


 この中年もそんな連中の一人であり、運悪くエルフではなくオークに見つかってしまい、情報を吐かされている真っ最中だった。


「嘘を吐くな。どこにいるかも分かっていないエルフを探すために森へ入るなど愚か者がすることだ。ある程度の目星が付いているのだろう?」


「本当なんだよおおおおおおお!」


 尤もちょっとした喜劇になり果てている。


 明日のことなんて碌に考えたことのない野盗崩れは、特別とはいえオークであるガラドラに常識的なことを突っ込まれているが、本当に特別な算段もなくエルフを見つけるつもりで森をうろついていたのだ。


「……人間とはここまで愚かなのか?」


 しまいには、男がどうも本当のことを言っているのではないかと思い直したガラドラに呆れられる。


「これでは人間との子供は兵士にしかならんな。やはりエルフの母体が必要だ」


 人間との子供の性能が期待できず落胆したガラドラは、やはりエルフが必要であると再確認する。


 それだけ馬鹿にうんざりしているのだ。


「お前! 殺す!」


「はあ……」


 思い付きで唐突に。しかも頻繁に手下のオークが反乱を企て、ガラドラを殺そうとするのだから当然だろう。


 溜息を吐いたガラドラは心底うんざりした表情で、群れの中ではひと際逞しく彼に匹敵する巨躯のオークを迎え撃つ。


 オークの拳がガラドラの顔面にめり込み、バキンと強烈な音が辺りに響く。通常のオークですら重装甲の鎧を着用している騎士を撲殺し、馬の首を捩じ切れるのに、それ以上に逞しいオークの拳となればどんな存在も無事では済まないだろう。


「あ?」


 だが巨漢のオークはポカンとした声を漏らす。


 絶対の自信があった自慢の拳はガラドラを撲殺するどころか、小動もさせることができなかった。


 代わりにギロリと睨みつけたガラドラの拳がオークに迫り……勢い余って胸から背中にかけて貫通した。


「お? おお?」


 オークは呆然と自分の体の中に消えたガラドラの拳に疑問の吐息を漏らした後、心臓がなくなったのを思い出したかのように絶命した。


 異常の一言だ。


 剣や槍を通さぬ強靭な肉体が一撃で破壊された光景に、見守っていたオークが慄く。


「世界を破壊するのはいつになるやら……」


 馬鹿を間引き、エルフを見つけて軍団を整え、その後に世界を破壊しなければならないガラドラは、険しい道のりにうんざりする。


 だが。


 如何に優れたオークであろうと、この感性だからこそ相容れないのだ。


「俺が行ってもいいんだけど?」


「集落は私が守ります」


「私もです!」


「ならこれ以上は野暮だな! 新世代怪人パワー、ニーズヘッグエッグとユグドラシールのお披露目だ!」


 世界征服を企む悪の組織。


 そしてエルフの集落を守るための覚悟を決めている姉妹と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る