本編

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 私はジンベー様のヒントを元にある場所に辿り着いた。

 

 宮城県仙台市の中心部にある公園。勾当台公園。その中にある像『平和祈念像』だ。ジンベー様のヒントにぴったりと当てはまる。私が周囲を見渡していると、スマホに接続されたイヤホンからジンベー様の声が聞こえてきた。


「おっ、ちゃんと着いたみたいだね。重畳重畳。じゃあ改めてゲームのルールを説明しよう」


(ほんの僅かにモスキート音が鳴る)


「おほん! ルールは簡単! 今みたいにボクの出すヒントに合致した場所を見つけて次々に巡っていけば良い。場所は全部で三つ。タイムリミットは具体的には言わないけど、あんまりモタモタしてると、ボクが捕まえてる女の子は……」

「いやっ! 死にたくない!」


 見ず知らずの少女の恐怖の叫びに、私の体は思わず竦んだ。


「だってさ! じゃあ最初の場所だ。いってみよう!」


 私は周囲の喧騒でヒントを聞き洩らさないよう、イヤホンから聞こえる声に集中する。


「私は時を告げる者。けれど私は控えめ。低い場所で影を落とす……さーて、どこだかわっかるかなぁ?」


 時。時間に関係する場所か。思い当たるものはあるけど、確信が持てない。


(僅かにモスキート音が鳴る)


「あっ! 言い忘れてた、出血大サービス! 分からない時はネットとかで調べてもいいよ! 調べてる間はボクのアプリも閉じられるようにしよう!」


 デスゲーム、という割には甘いなと思った。けどジンベー様の声は油断した私を脅すようにノイズがかったものになる。


「でも、謎解きを放棄したら……死ぬより恐ろしい目にあわせるよ」


 日差しが照っているはずなのに、ジンベー様の声を聞くとなぜか背筋に悪寒が走った。


 ◆


 一つ目の場所は同じ勾当台公園の中にあった。交差点を挟んだ場所にある円形の広場。大きなチーズのような彫刻がある。この彫刻のある場所の名前は『時の広場』だ。


 私はスマホで地図を見るついでにジンベー様についても調べてみた。あっさりと検索結果が表示される。


 ジンベエサマ


 どうやら有名な妖怪らしく、宮城県金華山沖に現れた伝承がある妖怪らしい。でもネットの情報だと、大漁をもたらす良い妖怪とある。私に話しかけてくる、きまぐれで意地悪な存在とは程遠いように感じる。


(先ほどより少し大きいモスキート音)


「妖怪を人の尺度で計ろうとしないで欲しいね!」


 私の思考を読むかのようなジンベー様の言葉に驚く。心臓が飛び出るんじゃないかとさえ思えた。


「あはは、ボクについて調べても無駄だよ。きみにできるのはひとつだけ。ボクとゲームをすることさ。まぁ、今回は正解だ。おめでとう」


 私は高鳴る胸をさすって、忌々しい妖怪に次の場所のヒントを言うように促した。


「ノってきたねぇ。じゃあ次の場所のヒントだ」


 円形広場からは仙台のアーケード商店街の入り口が見える。楽しそうに行きかう人々を横目に私はヒントに集中する。


「我は策士。我は電子の病の祖。されど我は英雄で、遥か東を見つめる」


 また謎かけ。今までの出題傾向を考えると今度もランドマークを表していると思われた。


(わずかに「し……かし……かしこ……」という囁き声。そしてモスキート音が鳴る)


「チックタックチックタック! さあさあ! 急げ急げ! 人質がどうなっても知らないよ!」


 私はうるさい、分かってる。と小声で口答えしながら、ケヤキ並木が続く仙台の名所、定禅寺通りの方へ足を動かした。


 ◆


 緑の葉の屋根の下。私は定禅寺通りの中央分離帯に立っていた。目の前には腰を大きくくねらせた像『夏の思い出』がある。観光写真でよく映される像だが、ジンベー様のヒントが表した場所とはちょっと違う気がする。私が首をかしげていると、頭の中からかくぐもった女性の声が聞こえてきた。


「かしこ……かしこ……気づいて……気づいて……お願い……」


 声は頭の中で徐々に大きくなっていく。仄暗い水の底から聞こえるような声が大きくなっていくにつれ、私の視界も狭まってくる。眠くなるような穏やかな感覚を覚え自然とその声に返事を返そうとしたとき。忌々しいジンベー様の声が囁きを遮り、感じていた心地よさを台無しにしてきた。


「おいおいここじゃないぞ! ハズレだ!」


 私は頭を何度か横に振って、分かってるよとぶっきらぼうに答えた。


「熱中症になるなよぉ。水分補給をして、きつかったら涼しいところで休めよ」


 デスゲームという割には随分気を遣うね、と私が嫌味を返すとジンベー様は楽しそうにくひひと笑う。


「参加者をいたぶる楽しみを、夏の太陽にとられるのは嫌だからね」


 やっぱりこいつは怪異で、優しさなんか持ち合わせてないようだ。さっさとこのふざけたゲームを終わらせたいが、移動する前に何か飲もう……


(少しの間「気づけ」という囁き声が鳴り続ける)


 ◆


(「気づけ」という囁き声とモスキート音が交互になり続ける)


 夏の日差しを避けつつ、私は定禅寺通りの中間地点にある像『オデュッセウス』の前に立った。策士と呼ばれ、コンピュータウイルスの名前にもなったトロイの木馬で有名なギリシャ神話の英雄。像は東の方を向いている。


「正解! いいねぇ、次で最後だ! ヒントを言うぞ~」


 早口で喋るジンベー様に私は待った、と言った。


「ん~? 途中でやめるのは無しだよ。そういえば、もしやめちゃったらどうなるのか言ってなかったね」


 ジンベー様はわざとらしく暗い声音で続けた。


「きみは地獄に行くのさ。地獄がどんなところか知ってるかい? 漫画みたいに溶岩が煮えたぎったような場所じゃない。暗く、冷たい場所で――」


 そんなことを聞きたいんじゃない。私は人の往来があるにも関わらずスマホに向かって怒鳴った。


「なんだよぅ。急に怖い声出すなよぉ」


 私はまくしたてる、もううんざりだ。変な謎解きをさせられた上に、ずっと変な音と呼び声も――そこまで言った時、ジンベー様は今までの無邪気な声から一変して、冷たく、残酷な声色で告げた。


「ゲームに集中しろ。でないとここでゲームオーバーにする」


 ジンベー様の脅迫に私は息を呑んで押し黙った。


「ヒント。私は知識の城、焼けた砂の城壁で知識を守る。さぁ行くんだ」


(囁きの内容が変わり「気づけよぉ、答えろよぉ」と聞こえ始める。モスキート音も大きく響く)


 なにがどうなってるんだ。私は混乱する頭で、次の場所を探しはじめた。


 ◆


(イヤホンの左側から「気づけ気づけ答えろ答えろ」と鳴り続ける)


 私はなんとか目的地と思しき建物の前にたどり着いた。『せんだいメディアテーク』。定禅寺通りにあるガラス張りのおしゃれな外観の建物であり、立派な図書館だ。知識の城、と呼ぶには相応しい場所だろう。

 ジンベー様の言葉を信じるなら、これでゲームは終わりのはず。だが、私の頭の中では女性の声が鳴り響き続け、その内容は次第に悍ましいものに変化していった。


「答えろぉ! 見えてるぞぉ! 気づいてるんだろぉ! 答えろぉ!」


(イヤホンの右側からジンベー様の声が聞こえる)


「おい! ボクの声のほうに集中しろ!」

「答えろぉ! 答えろぉ!」

「絶対に声に答えるな! ボクの声だけ聴くんだ!」


 私を執拗に呼ぶ声をかき消すように、ジンベー様は念仏か、呪文のような言葉を唱え始める。私の思考が二つの違う声で埋め尽くされた時、


ざん!」


 ジンベー様の凛とした声を最後に、頭の中はすっと静かになった。今まで何故か聞こえなくなっていた街の喧騒が、周囲から聞こえてくる。


「ふぃーやれやれ、ようやく終わったよぉ。きみもご苦労様ぁ」


 自分の身に起きたことがよく分からず、私はじっとスマホの画面を見つめる。


「あっ。安心していいよ。最初にきみに助けを求めた女の子の声ね。あれボクが声変えて話してただけだから。というか、デスゲームってのも嘘なんだよね」


 は? 疑問と怒りが合わさった感情が私の口から発せられる。そんな私をジンベー様はなだめようとする。


「どうどう。せっかく涼しい図書館の近くに来たしさ。ちょっと休んで落ち着こうって」


 まずは私が巻き込まれてるこの状況について説明しろ。私が憤慨すると、ジンベー様はんーとうなってから。


「そうだね。きみには聞く権利があるよね。じゃあ、最後の謎かけだ。機関車とこけし。ここで全部話すよ」


 ◆


 定禅寺通りの終着点。そこには『西公園』という広い公園がある。公園でなにより目を引くのはかつて活躍していた実物の『機関車』とちょっとした怪獣のような大きさの『こけし塔』だ。


「よく来てくれたね、川の方を見てよ」


 ジンベー様が言った川とは宮城県に流れる一級河川、広瀬川のことだ。この西公園からも流れる川を見下ろすことができる。


「川をじっと見てて。きみはヤツの声を聞いたから、きっと見えるはず」


 私が目を凝らすと、川の中心に通常の流れによるものとは明らかに違う、水のしぶきがあった。その中心で軽トラックほどの大きさの何かが暴れている。


 それは巨大な蜘蛛だった。どす黒い甲殻には毒々しい黄色い線がはしり、赤い目が私のほうを見ながら、ギチギチと嫌な鳴き声を上げている。


「あいつは『賢淵かしこぶちの蜘蛛』。広瀬川の近くに来た人間を妖力で作った糸で川底へ攫う妖怪だ。昔は良いやつだったんだけど、最近は川で遊ぶ子供に手をだしたり、かなり陸地の奥にも糸を伸ばす悪さをしててね。同じ地元の妖怪として、これ以上の悪さは良くない! と思って、きみに手伝ってもらってあいつを退治したのさ」


 手伝った? 単にランドマークを回っただけにしか感じなかったけれど。


「きみが歩いた場所を線でつなぐと、ちょっとしたおまじないの印になるんだ。実はボクはいま、きみのスマホに乗り移ってる。ボクは海の妖怪だから、陸地には直接干渉できない。だからスマホやアプリに宿って、きみに『足』で街に巨大な印を書いてもらって、やつと陸地を繋ぎ止める妖力の要糸かなめいとを断ち切ったんだ。これでしばらくは大人しくなるはずさ」


 じゃあ、さっきから私を呼んでいた声は――


「考えてる通り。蜘蛛の声だ。声に反応しちゃうと、糸でからめとられちゃうんだ。だからデスゲームっていう体裁で、きみには声を気にしないでもらうようにしたんだ。騙してごめんね?」


 それはまぁ、結果的に人助けをしたからいい。じゃあ、あのキーンという嫌な音は?


「あの音は糸が出してる音だね。大人は気づきにくい音だから、違和感に気づかないままあいつの言葉に答えて捕まっちゃう大人は多いんだよね。つまりきみは大人も子供も救ったってわけ、本当にありがとう! 街を代表してお礼を言うよ」


 私はすぐに答えず、ゆっくりと川底に沈んでいく蜘蛛の妖怪を見た。もう体の殆どは沈んでいて、残る足も徐々に短くなっていき、最終的には水面の中に消えてしまった。


「なんか納得いってなさそうだね? 巻き込んだことも、ごめんね。ボクの声が聞こえる人はそう多くないんだ。だから、聞こえそうなきみを蜘蛛退治に無理やり選んでしまったんだ」


 結果的に良いことをしたから、怒ってはいない。でもあと一つだけ、疑問がある。なんでジンベー様は海の妖怪なのに、こんな海から離れた陸のことまで気にしたんだ? 金華山沖は仙台からはかなり離れてる。ジンベー様がこうまで気を揉むほどの繋がりはないだろう。


「いいや。きちんと繋がってる。目を閉じてみて……感じないかい? 体にあたる風の感触。山から吹き下ろす風。そして海から、ボクの住む場所から流れこむ風だ」


 私の体を街の熱気も少し含んだ風が包む。


「ネットと同じさ。世界は繋がりでできている。無関係なものなんてない。もちろん、嫌なことを言うやつや、今回の蜘蛛の糸みたいな嫌な繋がりだってある。でもきみたち人間は良い繋がりを紡ぐことができる存在でもある。ぼくはそんなきみたちが、ずっと昔から大好きなんだ。だからきみたちを助けたんだよ」


 優しいジンベー様の声が風の音に交じって聞こえる。でも、その声はちょっとづつ幼さを帯びてくる。


「ところでさ、街の危機はひとまず去ったよね。そしてせっかくきみのスマホに宿ったことだし、ここはどうだろう。ちょっといろいろ観光したいなぁって思うんだ。アーケード商店街とか、仙台駅前の方とかも見たいし……って聞いてる? ねえってば!」


 もちろん聞こえてる。でも私は優しくて、でも少し子供っぽい妖怪にちょっとだけ仕返しするため、すぐに返事をしない。代わりに穏やかな気持ちで夏の風を。どこへでも繋がってる世界を、体いっぱいに浴びるのだった。

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ジンベー様の挑戦 習合異式 @hive_mind_kp

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