りんごの姫とはちみつの木

とぶくろ

丘の上の木

 そのおかの上には、大きなれ木が一本だけえていました。

 丘には他に木は無く、彼は友も家族もなく、一人淋さみしい毎日でした。


 そんな彼の話し相手はミツバチたち。

 彼のはらにある、大きなうろ(木のみきいた大きな穴)にを作った、ミツバチたちでした。彼女たちは花畑を飛び回り、色々な噂話うわさばなしとどけてくれます。


「花畑の向こうのブドウ園に行ったの~。ぶどうの王子さま、ステキだったよ~」

「ヒトの町の近くまで行ったよ。北の方でいくさになりそうなんだって」

「向こうの山にはリンゴが、たくさんってたよ」


 ハチさんたちの土産話で、淋しさを紛らわしていた木でしたが、ある日その丘に、珍しいお客さんが立ち寄りました。


「あら、大きい木ね~。貴方は何の木なんですの?」

 丘の上の木に話しかけたのは、一人のお姫様でした。

 遠い山のリンゴの木から遊びに来た、まだ青いリンゴの姫さまでした。


 大きな洞の中で、いくつかの声が聞こえます。それはボソボソと、リンゴの姫さまには聞こえない、小さな声でした。

 その声に、少し困惑こんわくしたような木が、姫さまに答えます。

「ぼくは……ハチミツの木だよ。おなかのうろのぞいてごらん」


「わぁ~、すごぉい。まるでハチミツの池みたぁい」

 洞の中には、たっぷりとハチミツが溜まっていました。

 溜まったハチミツに近付いても、何故かハチさんたちは、静かに大人しく見守っています。リンゴの姫さまを、攻撃したりはしないようです。


「甘くておいしいハチミツだよ。すくって舐めてごらんよ」

「えっ、いいの?」

「うん。大丈夫だよ」


 黄金色に輝くハチミツを、そっと指ですくった姫さまは、それを小さな口に運ぶと、その目をぎゅっと閉じて震えました。

「あっ……まぁ~い!」

 ひとなめで姫さまは、すっかりハチミツを気に入ってしまったようです。


 すっかりハチミツを気に入った姫さまは、それから毎日、丘の上まで通ってくるようになりました。ハチミツを舐めて、木と仲良くおしゃべりしていきます。

 姫さまは、ハチミツの木のことも、気に入っているようです。


 一人で寂しかった木は、毎日楽しくてたまりません。

 毎日会いに来て、楽しいおしゃべりをしてくれる姫さまを、心待ちにするようになっていました。


 そんなキッカケをくれたハチさんたちにも、木はお礼を言いました。せっせと集めたハチミツまで分けてくれた事を、申し訳なく想っていました。

 そんな木にハチさん達は笑います。


「私達だって、強い風も激しい雨からも護ってもらっているじゃない」

「そうだよ。この洞がなかったら、ハチミツを集めることだって出来ないよ」

 ハチさんたちの優しい言葉に、木は泣きそうになりながら、何度も感謝しました。


 そんなある日、青かった姫さまが赤く色づいてきた頃。

 いつものようにハチミツの木と姫さまが、楽しくおしゃべりしていました。


 そこへ、姫さまとは別の山から、三人のリンゴがやってきました。

 まだ青いリンゴたちは、姫さまに近付いて言いました。


「ここは姫さまが来るような場所ではありませんよ」

「こんなみすぼらしい木に、近付いてはなりませんよ姫さま」

「ハチミツの木だなんて、うそつきでバカな木だな」


 三人はハチミツの木の事を、調べて来たようでした。

 リンゴたちは、姫さまを狙っているようです。


「そんなうそつきなんて放っておいて、楽しい所へいきましょう」

「そうですよ。この方はリンゴの王子さまですよ」

「付き合う相手は、選ばなくてはいけませんよ姫さま」


 リンゴたちにけなされ、ハチミツの木は泣きそうになりました。

 恐かったり哀しかったり、そんな感情ではありません。

 姫さまに申し訳ないと、くだらないウソで、姫さまに迷惑をかけてしまったと、優しい木は、楽しいひと時に流された自分を、恥ずかしく思っていました。


「ハチミツは、ハチさんたちが子供たちのために、毎日必死に集めて来ていると、あなたたちは御存知かしら。そんな大事なハチミツを預けてられる相手と、他人をけなしておとしめないと会話もできない、あなたたちを比べないでくださいまし」


 大人しい姫さまが、真っ赤になって強い言葉を、青いリンゴたちにぶつけました。

「う……う……そんな……」

「ふ、ふぇ~ん」

「姫さまが怒ったぁ~」


 リンゴの王子と二人の青りんごは、泣きながら走り去ってしまいました。

「ふん。くだらないリンゴたちね」


「姫さま……ごめんなさい。ハチミツの木なんて、うそです。僕の洞で暮らすハチさんたちが、そう言って気をひきなって。でも、でもハチさんたちも、悪気はないんです。僕の為に言ってくれたんです。でも迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」


 泣きながら、ハチミツの木があやまります。


「ふふっ……やっぱり優しいんですね。こちらこそごめんなさい。ハチミツが木にならないって知ってますよ」

 リンゴの姫さまは笑って、木に寄り添いました。


「姫さまとの時間が楽しくて」

「わたくしも、帰りたくないくらいに」


 真っ赤になった姫さまは、丘の上でハチミツの木と暮らす事にしました。

 いつからか丘の上の木には、真っ赤なリンゴがみっしりと実っていました。

 ひとりぼっちだったハチミツの木は、たくさんのリンゴの木に囲まれ、リンゴの丘で楽しくしあわせに暮らしました。

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