改善された生活
「……もう忘れろ!」
「勘違い」の話を掘り返され、ラグナーは不機嫌そうにそっぽを向く。
「はいはい、悪かったよ。まぁ、実際竜を身に宿した巫女や神官と婚姻を結ぶ話もあるし、わざとそう見せている所もあるんだろうよ」
「本来の契約方法を隠すためか?」
「竜が人であるのを隠すのと同じさ。翼が生えた架空の生き物を竜に仕立てて、今やそれが本物の竜だって信じられてるだろ?」
「本来の姿や契約方法を偽装しておけば偽物が出てもすぐ分かるからか?」
「そうかもな。まぁ、竜は生まれた時から神殿で管理されてるから偽物が出てもすぐ分かると思うけど。実際、『竜眼』の事もおっさんは把握してたし」
「……」
「まぁ、お前に寄って来る人達を見てるとさ、竜や契約について隠すのは正解だと思ったよ。もしも竜の存在が詳らかにされていたら、きっといろんな人が『契約しろ』って押し寄せてくるし、俺や従を利用しようって人も殺到するだろうなって想像がつくから。
契約方法が分かれば竜を攫って無理矢理契約しようとするやつだって現れるかもしれないだろ?
竜が秘匿されていなかった戦争の時代って、そういう感じだったんだろうなって思う」
「……そうだな」
竜を神話の中の物として曖昧な存在にしたのは正しかった。そう思えてならない。人々が「異能」に惹かれ、それを求めて奪い合い、時には争いの道具にする。力の使い方や振舞い方を間違えば、どんな異能でも世の中に多大な影響を与えてしまうだろう。
本物の異能を手にしたラグナーはそれを身をもって感じていた。
(ニコラスは我が一族に呪いを齎したが、それでも唯一良い事をしたとすれば、それは『竜眼』をもって他者を害さなかった事だ。力を悪用せず、ひたすらに鑑別と子孫への知識の伝達のみに使用した。
『竜眼』の名を利用して商売をしたのは頂けないが、他者を脅かしたり傷つけたりしない自制心は残っていたようだ)
「竜」との契約を明らかにして商売をしていた従は珍しい。大抵の竜と従は異能を明かさず、異能だとバレないように「発明」や「発案」、「発見」と言った形で上手く世渡りをするのだ。
だからこそ、竜が隠れてから長い間、人々にとって竜と従、そして異能は物語の中の存在だった。それ故に、「異能がある」「竜と契約した」と証明して見せたニコラスは人々に衝撃を与え、ニコラスは巨万の富と名声を得たのだ。
その富と名声に縋りつきはしたものの、奢る事なく他者を虐げたりすることも無かった所は評価できる。ラグナーの中で崩壊したニコラスのイメージはそんな所に収まっていた。
「そう言えば、弟子についてはどうなってるんだ?」
「ああ、ノーランがいくつか経歴書を持ってきた」
ラグナーはベッドサイドの引き出しからいくつかの封筒を取り出してフレムに手渡す。
「一人目は私の血縁だ。叔父の息子で十二だったか。四男で家業を継ぐ予定もなく、勉強よりも野山で動物や石を採集するのが好きらしい。商いをするのには向いていないがどうかとのことだ」
「厄介払いか?」
「そんな所だろう。二人目はうちで長く働いている使用人の息子だ。父親は私の父の代から店で働いている勤勉な男で、息子も同じく真面目な性格らしい。ある程度の仕込みはしてあるから使ってくれとのことだ」
「仕事の事をある程度理解しているのは有り難いな」
「ああ。もしも鑑別の才が無くとも店で雇おうと考えている」
「で、三人目は?」
「三人目はお前の所の神官から推薦があった、孤児院の子供だ」
「おっさんから?」
「契約の報告をしただろう。その際に弟子の話を聞いて、丁度良いのが居ると寄越したそうだ」
「どんな奴だ?」
「年は八。お前が作った装飾品に興味を示し、神殿で彫金細工を習っているらしい。宝石にも興味がありそうなので、フレムの所にでも送ろうと考えたのだろう」
「……なるほど」
「紹介されたのはこれで全員だ」
「どうするんだ?」
「全員採ろうと思う」
「三人とも?」
「そうだ。一人では心許ない。誰か一人でも使えるようになってくれればいい。保険だ」
「言い方は悪いけど、まぁ、一理あるな」
ラグナーはあの膨大な数のニコラスの本と歴代当主が残した本を全て暗記している。それに加えて収蔵庫に収められている宝石鑑別のサンプルも全て間違う事なく鑑別する事が出来る。これらを十三になるまでに全て出来るようになったらしい。
つまり、最低限そこまで出来るようにならねば「竜眼の御子の弟子」とは呼べない。ただ興味があるとか石が好きとか、そういう生半可な気持ちでは到底「合格」レベルまで達する事は出来ないだろう。ひたむきな努力と研鑽、それを吸収して身に着ける才能が求められる。
故に、弟子の候補が一人だと心許ないのだ。誰か一人でもその域に達すればいい。無理ならば仕方ない。そういう理由で三人纏めて引き受ける事にしたのだ。
「彼らには本宅で暮らして貰い、収蔵庫を自由に使って貰おうと思っている。とはいえ、資料を壊されても困る。一人一人に家庭教師を付ける予定だ」
「家庭教師か」
「相手はまだ子供だ。鑑別以外の勉強も必要だろう」
「そうだな」
「家庭教師にはうちで働いている従業員を充てる。彼らにも収蔵庫を開放して、勉強をしてもらうつもりだ」
「それは良い考えだな」
古くから店で働いている従業員のうち、意欲のある者を選抜して家庭教師に充てる。期間は一年とし、その間は弟子の勉強を見ながら自由に収蔵庫を使えるようにするそうだ。
店員の研修と弟子の育成を兼ねた一石二鳥の計画で、上手く行けばラグナーの仕事も少し楽になる。
「収蔵庫は貴重な資料が多いから、見ず知らずの人よりかは信頼のおける人を雇った方が良いもんな」
「ああ。かといってしまっておくのも勿体ない。扱っている宝石についてもっと学びたい者も居るだろう。そういう者を育てて比較的簡単な鑑別を任せようと思っている」
「それがいい」
「竜眼でなくてはならない」という呪いが解けたおかげか、ラグナーは抱えている仕事を少しずつ他者へ分配しようとしていた。とはいえ、客は「竜眼」を求めてやってくる。客の理解を得るためにまずは「弟子」の導入から、理解を示してくれる客へ弟子の紹介から、と一歩ずつ仕事の形を変えて行こうとしていた。
「やる事は沢山あるけど、焦らずじっくり行こうぜ」
「……」
「俺たち、もう一蓮托生だろ?」
「……はぁ」
ラグナーは忌々しそうに脇腹を撫でた。契約を交わした時に脇腹に現れた痣。宝石のような形を象ったそれはどうやら異能の効果時間を表しているらしく、フレムの血を摂取してから時間が経つにつれて色が薄れていく。
色が薄くなるにつれて異能の力が弱まるため、竜眼を使い続けるためにはフレムの血を定期的に摂取しなければならない。つまり、一蓮托生。この商売を続ける限り死ぬまで一緒という事だ。
「なんだよ、そんなに嫌そうな顔をして」
「そんな顔をしていたか?」
「してたよ。すげー嫌そうな顔」
同じ痣はフレムの脇腹にも表れた。ラグナーの痣と連動しているようで、異能を使える時間の残量が分かるようになっているようだ。
「ただの偽物対策なんじゃないの? あまり気にするなよ。それに異能の時間制限が分かって便利だろ」
「……」
なんだか上手く丸め込まれたような気がして納得がいかない。
「お前には今以上に働いてもらう」
「どうしてそうなるんだ!?」
「そうでもしないと割に合わない」
「なんじゃそりゃ。まぁ、作るのは嫌いじゃないし悪くないか」
「……」
何を言ってものらりくらりとかわされて暖簾に腕押しだ。
「お前と居ると調子が狂う」
ラグナーのなんとも言えないような表情にフレムは嬉しそうに口元を緩めた。
(終)
秘匿の竜は竜眼の御子を所望する スズシロ @hatopoppo
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