【KAC 20242】 おたく 内見

小烏 つむぎ

【KAC 20242】 おたく 内見

 「内見会? うん、聞いてる」

 

 美鳥はスマホを耳に押し当てたまま、ふかふかのクッションを抱えてコロリと転がった。視線の先、本棚に並ぶ文庫本の隙間に埋もれるように愛猫のマロンが細めた目でこちらを見ていた。


 美鳥は何とはなくマロンに注意された気分で、よいしょと起き上がる。


 「え? 今日になった?」

電話の向こうの母親の話しはこうだった。


 実は美鳥の家は水回りをつい最近リフォームしたのだが、工賃を割り引く代わりにリフォームを考えているお客様に2日ほどかけて内見会を開くことになっていたのだ。水回り(のみ)の内見会は今度の土日の予定だった。それがお客様の都合でこれから見に行きたいというのだ。


 「今日って、今日のこと? え? これから?」


 そりゃ、リフォーム仕立てのこと、あっちもこっちもピカピカでまだホコリひとつ付いていない。


 それはいい。それはいいのだが。片付けが苦手な美鳥の家族(美鳥含む)は、「使うモノは使う場所に」をモットーにすでに床面積の1/3は種々様々な「使うモノ」で覆われている。


 母親は業者から内見会前倒しの連絡をうけ、急いで帰って来るという。美鳥に課せられたミッションは、リフォーム会社の社員がお客様を案内して来るまでに、見られて「ヤバい」ものをお客様が絶対来ない(行かせ)ない2階に移動させてほしいという内容だった。


 それからの美鳥の働きっぷりは目を見張るものだった。


 まずは洗面所からだ。

全面ホーローでスモークブルーの三段の引出し。掃除のしやすさ優先で決めた壁からニョキリと蛇口が生えた作りの洗面台。開き扉が鏡になっている戸棚にはコンセントが二口。


 戸棚は見えないのでいいとして、その周りに「仮置き」されているモノが問題だ。未開封の猫砂、洗剤の類い。台所から溢れ出た缶ビール、醤油、缶詰。美鳥はそれらを全部2階の両親の部屋へ押し込んだ。


 続けて向かったのは浴室。

床と天井は淡いグレー、左右の壁は刷毛模様の乳白色で入口正面の壁だけ上等な赤ワイン色の浴室は、展示場にあった見本に一目惚れした母親が同じモノをと注文したものだ。


 壁が全面ホーローなので磁石で小物入れをつけ放題。その貼り付けまくった小物入れと床に並んだ各自のシャンプー類を、見映えのいい美鳥のものだけ残してゴミ袋に入れ、浴室乾燥用のポールにかけまくっていたハンガーと一緒に両親の部屋へ投げ込んだ。


 浴槽と床を昨日(母親が)掃除しておいて良かった。これが虫の知らせってやつかもしれない。そう思いつつ美鳥は浴室のドアを閉めた。


 台所は、一番混沌としていた。


 食洗器を信用していない母親は、今でも手洗い派だ。流しの背後に設置した胸の高さの食器棚(流しとお揃いの白い木目調)の白く大きな人工大理石の天板一面にタオルを敷いて、洗った食器を並べているのだ。


 美鳥はまだわずかに濡れている食器を引出しに片付け、敷いてあったタオルを洗濯機に投げこんだ。まさか内見者は引出しまで開けはしまい……と信じたい。


 食器棚とお揃いの白い木目の流し台には黒いマーブル柄の人工大理石の天板(メーカーおススメの一番大きいサイズ)。ダックネックだったかスワンネックだったか、高く伸び上がり美しい曲線を描いた母親こだわりの流しの蛇口にはセンサーがついていて、手を近づけると湯(水)が出る仕組みだ。


 その美しい蛇口に100円均一のお店で買った便利グッズのスポンジ置きとまな板かけがひっかけてある。美鳥は場違いなそれを外した。


 流しの大きな天板の上に所狭しと並んでいる調味料やインスタントの味噌汁、飲みかけのペットボトル、人間用の果物やお菓子と口の開いた猫餌と猫のおやつ、洗った瓶、そしてなぜかしれっと置いてある回覧板はとりあえず段ボールに詰めた。


 うちの新しい流し台ってこんなに大きかったんだ。


 洗剤だけ残して広々とした天板に美鳥は改めて驚いた。思いついて天板とカランを拭き蛇口に顔が映るくらいに磨いてみた。


 よし、完璧だ。


 美鳥は満足そうに伸びをすると段ボールを抱えて二階に上がって行った。


  ◇ ◇ ◇


 電話に尻でも叩かれたかのように慌ただしく陣地を出て行った下僕は、階下でバタバタと大きな音をたてて騒がしくしていた。アレはいつも慌ただしい。そうと思いつつマロンは本棚の隙間でうつらうつらしていた。


 マロンがちょうど微睡まどろみから目覚めたころ、下僕がドアを開けて大きな箱を持って帰って来た。その箱からなんとも美味しそうな匂いが漂ってくるのを、マロンは逃さなかった。


 トンと優雅に床に降りると、マロンは下僕の足に顔を擦りつけてひと声鳴いた。


『ねぇ。ソレ出しなさいよ』


「まろぉん、聞いてよ。お母さんたらさぁ」

マロンの鳴き声がねぎらいの言葉だと疑わない美鳥はマロンを抱き上げるとふかふかの温かい腹に顔を埋めるようにして、ひとしきり愚痴をこぼした。鉤折れの尻尾(数か所ハゲあり)がパタパタ美鳥の腕を叩くのも、催促ゆえとは思っていない。マロンなりのいたわりだと信じて勝手に癒されていた。

 

 マロンがじっと辛抱していると階下でドアが開く音がした。帰って来た「おかあさん」が下僕を呼んだ。下僕は階下に向かって返事をすると、マロンをベットにそっと降ろしてドアから出て行った。


 マロンはゆっくりとベットから下りると、迷わず下僕が置いていった箱に顔を突っ込んだ。


『さてさて。好い匂いをさせてるのは、どいつ

内見させてもらうよ』




         ~おたく 内見 完~ 


注)

マロンと美鳥のプロフィールは、紹介文をご覧くださいませ。


 

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