死
「イツィ」
家の入り口の方で、兄の声がした。「帰ったぞ」
寝具からゆっくりと身を起こして、彼を出迎える。太腿の傷が疼いた。体ももうずいぶんと寒い。死に近づくとは、こういうことなのか。
「今から夕餉を作るから。まだ寝ていていい」
首を振って「ううん。目は冴えているんだ。手を動かしながらでいいから、話し相手になってくれると嬉しいな」と返す。
「そこらじゅうの木で、蕾が花開いていた。もう春らしいな」
僕の肩に毛布をかけ直すと、兄はかまどの方に向かった。臥せながら頭を傾けて、彼の後ろ姿を眺める。火の香りがした。煙は天井の穴へと昇っていく。そのうち石臼で木の実を挽く音がしだす。僕はまだ、愛しい兄と暮らしている。
まさか自分が先立つことになるとは思わなかった。狩りのとき、獣の牙にやられた傷から病が入ったらしい。くらくらする。痛い。苦しい。まるで嘘のように体が冷たくなっていく。
せめてなるべく死を先延ばしにしたかった。本当なら、彼との幸せな時間をもっと続けられたはずなのに。両手の間から砂が零れ落ちるようだった。なんて、恐ろしいのだろう、死は。
気が付くと、枕元に兄が膝を突いていた。食事を指で摘まんで差し出してくれる。僕はそれを雛鳥のように啄んだ。と言うにはずいぶん弱々しかったかもしれないけれど。まだ食べられることに安心したのか、兄の表情のこわばりも少し緩んでいた。
「ねえ、サク」
「なんだ」
「僕が死んでも、あなたには長生きして欲しいんだ」
彼の頬に手を伸ばす。親指を使って小さく撫でた。ああ、さっきまで柔らかだった顔が、すっかり固くなってしまっている。
「ひどいことを言うんだけどさ、サクに死んで欲しくなくなっちゃった。こんなに苦しいんだもの、死ぬのって。それに、怖くもある。だからさ、ずっとずっと元気でいてよ、サク。僕、あなたがこんなに苦しむなんて嫌だ」
「俺には、お前しかいないんだぞ」
「それでも、うん」
──僕はあなたの幸せと、平穏を祈るよ。
目を閉じる。意識が薄らいでいく。いつになく体が温かかった。兄が抱きしめてくれているらしい。これから僕は眠るのか、死ぬのか。どちらにしても、もう少しこの温もりを感じていたい、な。
土に還る 藤田桜 @24ta-sakura
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