にゃんにゃん神社 ――その神社には行ってはならない――
烏川 ハル
猫と神社と娘さん
僕が子供の頃に住んでいた辺りに、ちょっと面白い神社があった。
赤い鳥居を
……と説明してしまえば、どこにでもある普通の神社なのだが、そこの特徴は境内にたくさんの猫が居着いていること。いつ
そこの神社の娘さんが猫好きで、よく可愛がっていたから、それで猫の方でも懐いて、集まってきていたらしい。
まあ「娘さん」といっても、当時すでに高校生。今だからそういう言い方になるだけで、当時の僕から見れば「素敵なお姉さん」という感じだった。
大人な雰囲気を思わせる、黒色のセーラー服でね。襟と袖口だけが白くて、そこには赤いラインが入っていたし、スカーフも同じく赤色だった。
くりっとした瞳や、スーッと通った鼻筋、すこしだけ肉厚の唇も素敵に見えて、そんな彼女が制服姿のまま猫たちと
ただし「猫たちと
「飼い猫じゃなくて、野良猫だからね。餌付けは良くないよ。ずっとじゃなくて一時的に、あげたい時だけ餌あげるなんて、無責任だからね」
と彼女は言っていた。
子供だった僕から見れば、それは「確固たるポリシーを持っている」という態度で、ますます彼女を大人だと感じさせる部分だった。
そんな「にゃんにゃん神社」に、僕は足繁く
ところが、ある日……。
――――――――――――
夕方になったので、いつものように神社の境内から立ち去り、石段を駆け降りていく。
鳥居も
「やあ、次郎くん」
「あっ……!」
気さくに挨拶する僕を見ると、彼は驚いたような顔をする。
彼の視線の動きを追う限りでは、僕が降りてきた石段と、僕自身とを見比べている感じだった。
その状態で、次郎くんは恐る恐る問いかけてくる。
「もしかして、
「うん、そうだよ。ここはね……」
「ダメだよ! この神社、とっても危険なんだから!」
僕は普通に答えただけなのに、次郎くんは
しかし僕にしてみれば、言いかけたことを途中で止められて、若干不愉快になっていた。だから彼の話なんて聞こえなかったフリをして、言葉を続けたのだが……。
「……ここってね、猫がいっぱいいてね。とっても楽しいんだよ!」
「そう、その猫だよ、猫! この神社に行くと……」
次郎くんの慌てぶりが、いっそう酷くなる。ついには意味不明な話を叫び出す始末だった。
「……
――――――――――――
「はあ……? 『猫に変えられちゃう』って、どういう意味?」
僕は
すると、彼は少し落ち着いたらしい。
「うん、あのね。お兄ちゃんから聞いた話なんだけど……」
次郎くんの説明によると。
あの神社の境内に集まってきている猫は、実は全てが元人間。神社の跡継ぎである女子高生が猫好きなあまり、人間を猫に変える魔法を編み出したのだという。特に可愛らしい子供たちが遊びに来ると、お気に入りを選び出して、猫に変えてしまうらしい。
「『人間を猫に変える魔法』だなんて、そんな……」
まるで漫画ではないか。そう言おうとした僕の前で、次郎くんは首を横に振っていた。
「ほら、彼女はこの神社の正統的な後継者でしょ? だから巫女としての強い力があってさ。霊力とか魔力とか呼ばれる
僕から見た彼女は「素敵なお姉さん」に過ぎない。言われてみれば、神社の人間なのだから確かに巫女なのかもしれないが、それっぽい服装の彼女は一度も目にしたことがなかった。
だから、その点を指摘してみるが……。
「次郎くんの話、本当なの? だって僕、あの人の巫女姿なんて見たことないよ? あの人、いつも黒いセーラー服姿で……」
「そう、黒い服! それが何よりの
僕の言葉尻を捉えて、次郎くんは得意げになっていた。
「黒といえば、悪い魔女の色でしょ? 闇堕ちして悪い魔女になったから、巫女装束みたいな、めでたい紅白の色は、もう着れなくなっちゃったんだよ!」
それまで僕は、彼女の制服の「黒」という色に「大人」のイメージを感じていた。しかし、例えばお葬式で着る喪服も「黒」だし、次郎くんの言う通り「闇堕ち」とか「悪い魔女」といったイメージもある色ではないか。
そう考えると、なんだか次郎くんの話も、あながち否定できない気がしてきて……。
それ以来、僕は「にゃんにゃん神社」へ行くのをやめてしまうのだった。
――――――――――――
猫にされる、という噂の真相。
それについて僕が知ったのは、ずっと
もちろんあの噂は本当ではなく、悪質なデマに過ぎなかった。
そのデマを流し広めた犯人は、次郎くんのお兄さん。あの神社の娘さんとは高校の同級生であり、彼女に告白してフラれた腹いせだったという。
フラれるだけでもみっともないのに、根も葉もない悪い噂を作り出して仕返ししようだなんて、まさに恥の上塗り。色々とバレてしまってからは、
まあ次郎くんのお兄さんのその後に関しては、僕には関係ない話なので、どうでもいいとしても……。
今思えば、あんな噂を怖がるなんて、なんとも勿体ないことをしたと思う。
別に、猫にされても良いではないか。
いや「されても良い」どころではない。猫になって、他の猫と一緒に毎日、素敵なお姉さんに可愛がってもらえるのであれば、そんな生活、まさに天国ではないか!
嘘だったのが惜しいくらいだ。
そんな世界、どこかに本当にないだろうか?
大人になって日々の生活に疲れてくると、つくづくそう考えてしまう。
(「にゃんにゃん神社 ――その神社には行ってはならない――」完)
にゃんにゃん神社 ――その神社には行ってはならない―― 烏川 ハル @haru_karasugawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
カクヨムを使い始めて思うこと ――六年目の手習い――/烏川 ハル
★209 エッセイ・ノンフィクション 連載中 298話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます