あなたの恐怖はどこから
フカ
*
来るぞ来るぞくるぞ、と真剣に怖がる準備をしていたのに、ニット帽のいかつい男子がエレベーターに吸い込まれた途端、となりで
私は一時停止のボタンを押す。
「ちょ、なん、なんで止めたの」
「貴様が爆笑しているからだよ」
「いや笑うじゃん。ヒュッて、ヒュッてさあ」
尚哉は途切れ途切れにまだ笑ってる。土曜の夜、ホラーを観ようと言ってきたのはそっちなのにこの体たらくだ。
「いやむしろなんで笑わないの」尚哉がお腹を抱えて言う。
「いや完全にウワーてなるところでしょうよ」
「エッ怖い?」
「怖いでしょうよ。人死にだよ」
「いやホラーは人死にフツーじゃん」
「エレベータの中真っ暗じゃん、なんも見えないじゃん、闇じゃん」
「へ?あほんとだ」
「そこに吸い込まれんだよ。もう絶対成仏できないよ」
「エッ怖」
「よし」私は再生ボタンをぽちりと押す。
ふたりで並んで画面を見つめる。十分ほど、登場人物たちがなんとか呪いの根源から助かろうともがく姿を眺めていると、映画のキー・ポイントとなっている着信音がまた鳴る。
尚哉がまたちょっと笑う。
一時停止を押す。
「どうしました」
「おれさあ、高校んとき着メロこれだったじゃん」
「そうね。ちょうど流行っていたわね」
「この映画のやつだったんだ〜って」
「嘘でしょ。知らんかったの」
「なんか兄貴が勝手にこれにしてにやにやしてたな〜って」
「だから期末んときにこれ鳴ってみんなドン引きしてるのにほ?みたいな顔だったんか」
「あ~数学、数学の」
「そうほんとあれまじでまじかよって、じゃなくて、この音怖くないんか」
私が言うと、尚哉が目をぱちぱちさせる。
ちなみにこの着信音が鳴り、電話を取ると、自分の死に際の声が聞こえてきて、その通りにしぬ。
「なんで?」
「いや鳴ったらぜったい死んじゃうわけじゃん」
「エッでも他の人にまわしたら助かるじゃん」
「普通にやるんか。でもそれこの時点じゃできないから。それもっと後に出たやつの設定だから」
「そうなの?」
「そうよ。いま観てるやつは鳴ったら終わり」
「おれはしにたくない。鳴った瞬間まわす。他人を蹴落としてでも助かりたい」
「君はそういう奴だよ」
「エッこれ怖いの?」
「怖いじゃん。鳴っちゃったらもう自分が死ぬか他の人を犠牲にするしかないんだよ。究極だよ。鳴った時点で終了かこの上なく嫌な選択を迫られるんだよ」
「でもとりあえずまわしたら一旦助かるじゃん」
「一回まわしたらあいつ助かりたいがためにやりやがったって思われてそいつらに殺されちゃうかもしれないじゃん」
「エッ怖。そいつらのほうが怖いじゃん」
尚哉の言葉にちょっと面食らった。
「たしかに…?」
「ほら。着信音より怖くない?」
「いや着信音も怖い、怖いけど、でもホラーにでてくる人間てそんなもんじゃない?」
「エッヤダ。人間がそんなもんなのが怖い。こんなにいっぱいいるのに」
「まあ、いろんな人が、いるから…?」
「みんな幸せになってほしい」
「君は他人を蹴落としても助かりたいのでは」
「それはそれ、これはこれ」
「便利な言葉だな」
「続きみますよ〜」尚哉が私からリモコンをひったくる。うまいところで止めてしまったらしく、再生された瞬間に叫び声がして、驚く。不意打ちをくらった。
昔に一回観たことがあるというのに、肩がはねてしまってから、どうも妙に怖くなった。主演の女性の大きな瞳が、何度も瞬きをする。かと思えば不安や恐怖に囲まれて、見開かれたままになる。いつもなら、ポップコーンでも噛みながら演技上手いな、きれいだなとか呑気なことを思うのに、じっと画面を見つめてしまう。
いろいろなものに導かれ、ついに呪いの根源と対峙し、あわや、というシーンで彼女は助かる。昔はなんでだか全然わからずに、なんだこれ、と思っていたが、今ならわかる。少しじわりとくる。
解決したと思わせておいて、ホラーのお約束のように不穏なラストが流れると、エンドロールになった。
ふう、と一息ついて、尚哉のほうを振り返ると普通に寝ていた。
こいつ正気か。
自分から誘った映画で爆睡することに対する、恐れのようなものはないのか。
一瞬そう思ったけど、無駄なのでやめる。
まあ、ないだろうな。尚哉はそういうやつだから。むしろそんなやつだから、十年以上も一緒にいるのだ。
私は画面を消して、ソファの背にあった毛布を尚哉に掛ける。
お風呂に入ろうかと思ったが、微妙に気が進まない。テーブルの上のスマホをちらと見る。身を引いたまま腕だけ伸ばして、スマホをひっくり返した。
この瞬間に鳴ったらマジでいやだな、と思いながら、そろそろとロックを外した。youtubeで明るい動画をふたつ再生し終わるまで、着信音はなんにも鳴らなかった。
あなたの恐怖はどこから フカ @ivyivory
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