「つよし」

大和 真(やまと しん)

第1話

「つよし」

               大和 真

 彼の名は揚羽輝義。和歌山県の県庁所在地である和歌山市に生を受けた。世は昭和から平成に変わる時代の節目に。

 「つよしくん、何してんの?」

 和歌山城の城下にある、市民なら我が子も入園させたいと願う、市内でも有名な私立幼稚園の砂場。

「おっきなおっきなお城を作ってるんや」

「つよしくんのおうちもおっきいもんな。おんなじやな。私も手伝って良い?」

「みほちゃんも手伝ってくれるんや。ありがとう。一緒に作ろ」

「つよしくんのおうちぐらい大きいおうちにしよな」

「おまえらイチャイチャ何してんねん」

 年長で暴れん坊で、身体の大きい力也が砂場に入って来た。一歳だけの違いとは言え、幼少期の一歳の体の差は大きい。力也は美保が作りかけていた大きい家の土台を踏もうとした。

「りきやくん、ストップ。そこは踏んだらあかんで。みほちゃんが作ってくれた大事なおうちの土台やで」

「なんや、つよし。おれにさからうんか?」

「違うで、みんなでおっきな家作って、みんなで遊んだら楽しいやん。な、みほちゃん」

 りきやに踏まれそうになった土台を半べそで見ていた美保は大きく頷いた。

「りきやくんも一緒に作ろ」

 美保に促され、力也も砂場に入って大きな家を作り出した。砂場には園児が集まり、先生も驚くほどの大きな家が完成した。

「つよしくんが作ったん?つよしくんは凄いね。和歌山城みたいなおうちやね」

「違うよ、先生。作ったんは皆でや。僕も作ったけど、みほちゃん、りきやくんも他の皆も一緒に作ったんやで。先生、みんなを褒めてあげてな。りきやくんは凄い頑張ってくれたで」

 幼稚園の人気者の輝義は運動会が唯一の苦手だった。走るのはダントツに幼稚園で一番速い。何をさせても上手なのだ。ダンスを除いては……。ダンスのリズム感がつかめない輝義だったが、そこは幼稚園の運動会。何となく踊って、徒競走ではダントツの一番なので満足だった。小学校に上がり、学年が上がるにつれ輝義は何でも出来る子として名を轟かせた。家は和歌山県内でも五本の指に入るお金持ち、容姿端麗、学力優秀、スポーツも万能、みんなからの信頼も厚い。

「つよしは良いよな。皆と同じように遊んでも勉強も出来るからテストはいつも満点。いつ勉強してんの?」

「授業を真面目に聞いてたらテストなんか簡単で。正樹こそ、音楽の授業の歌のテスト凄かったやん。プロの歌かと思ったで」

「つよしこそすごいやん。今度の合唱コンクールは指揮者やろ。先生からの指名やで」

 つよしの通う小学校では五年の時にクラス対抗で合唱コンクールが行われる。父兄、近隣の住民も体育館に聞きに来るほどの大イベントだった。つよしは指揮者に指名してくれた先生に感謝していた。つよしにはリズム感と音感がまったくと言って良いほど備わっていない。何でも出来るつよしは下級生からは羨望、上級生からは慕われ他校でもつよしのファンクラブが出来る程だった。そんなつよしはこっそりダンスの練習をし、歌の練習をいくらしても上達しない。合唱コンクールで歌わなくて良くなったので、つよしは心底安心した。指揮者もリズム感は必要だが、なんでもそつなく出来るつよしには、指揮棒を振るぐらいは簡単だった。この年の合唱コンクールはつよしの指揮を見たい近隣小学校の生徒も集まり、大盛況で合唱コンクールを終えた。つよしのクラスは準優勝。審査員はつよしの指揮棒を振る姿に違和感を覚えたのか満点を点けなかった。つよしの指揮が減点対象になったとも知らずにみんなで準優勝をたたえ合った。

「つよしは学ランも似合うな。私立の奴らつよしが公立に行くって知って、私立で損したわって言ってたで」

 成績優秀で、県内でも有数の家柄のつよしが私立を受けずに公立の中学に行くことに周囲は驚いた。私立の入試要項で音楽性も加味されるとあったので、つよしは私立は窮屈やと言い張って受けなかったのだが。

「揚羽輝義ってどいつや、出てこい」

 入学式後、教室に戻り、同じ小学校の友人、他校の友人らと談笑している時に、三年生の俗に言う不良が入って来た。改造されダブダブのズボンに、学ランは長い丈、短い丈などで合計五人。

「僕ですけど、何か用ですか?」

友人たちはつよしに無視しろ、と小声で囁いたが真面目で正義感の強いつよしはすぐさま三年生の不良たち相手に怯むことなく名乗り出た。

「体育館の裏に来いや。じっくり楽しもや」

 つよしは三年生五人と共に歩き出した。体育館の裏に入った所で長身の三年生が殴りかかってきた。

「お前生意気やねん。入学したら俺らに挨拶に来いや」

 つよしはひらりと拳を避け、相手のボディーに拳を放った。ここに来るまでにつよしは五人を観察し、リーダー格が誰かを把握していた。小柄だが、がっしりした身体の男だと分かっていたので、その男のボディーにも拳を放った。うずくまる二人の三年生を前に、

「先輩、仲良くしましょ。僕だって殴りたくないんです。平和に楽しくしませんか?」

「そやな。一年も三年も仲良くしようや。俺は木下健。お前はなんでつよしって呼ばれてるんや?」

 うずくまっていたリーダー格の木下は立膝で座り、つよしに聞いた。

「幼稚園の頃からつよしなんです。輝義が言いにくかったのだと思います」

「そうか、俺は喧嘩が強いからつよしやと思った。お前見てたらいきがってんのがアホらしくなるわ。学校で揉め事あったら言うてくれ。俺の名前出してくれたらええわ。お前は何でも出来そうやからその心配もないか」

 そんなことないですよ、とつよしは返し木下らと笑いあった。音感、リズム感以外の事は何でも出来るつよしらしく、先輩の顔に傷を入れずにボディーを狙い、平和に解決したようにクラスに帰って報告した。

 県内随一の公立進学校に進んだつよしは高校でもみんなに信頼され、勉強もスポーツも優秀、喧嘩も強いと噂は広まり上級生も慕う存在だった。大学進学も県内の国立大学にトップで入学し、入学生代表の挨拶もした。入学式後には、つよしの噂で学内は盛り上がった。勉強もでき、スポーツも万能、家柄は県内でも有数のお金持ち。つよしには色々なサークル、クラブからの勧誘が後を絶たない。ゆよしはボランティアサークルに入り社会の為に動いた。持ち前の運動能力の高さは発揮されなかったが、天性のカリスマ性と社交性の高さが発揮された。四回生になり、周囲はつよしの父が経営する商社に入るものと思っていたが、数社の採用試験を受け、つよしのマネジメント能力を高く買ってくれた芸能事務所に就職する事となった。

「あ、つよし?つよしやな。中学でつよしが一年の時に三年だった木下」

「もしかして健君?」 

東京の芸能事務所本社で入社式の日、木下は新入社員の案内役を任されていた。

「健君もこの会社に就職してたん?知らんかったわ。東京で知らん人ばっかりで僕、緊張してたわ。安心したわ。健君ありがとう。いやいや木下先輩よろしくお願いします」

「木下は両手を振り、謙遜した。父親の商社に何故就職しなかったのかの問いに、

「僕、芸能って皆を笑顔に出来るやん。テレビでもラジオでも舞台でも、今ならネットでも皆に届ける事が出来るやん」

 木下はつよしの言葉に心を打たれた。親の会社に入り、贅沢な暮らしも出来るのに、皆を笑顔にしたい理由で地元から遠く離れた会社を選んだつよしに感動した。入社後も木下はつよしを先輩、上司に紹介し、どれ程の良い人材であるかを説明した。そんな木下の努力とつよしの持ち前の立ち回り、頭脳、容姿で入社三年で社員のカリスママネージャーになりつつあった。つよしが発掘、マネジメントをしたモデル、芸人の人気が上がると次年度の事例が出て、つよしはミュージカル担当責任者に選ばれた。社の設立五十周年事業ミュージカルで、世間も注目していた。

「誠心誠意、全力で頑張ります」

 事例を上司に手渡され、冷や汗をかきながらつよしは事例を受け取った。二十五歳になっても、つよしのリズム感、音感は幼児の頃と変わらない。むしろ社会人になって体育、音楽の授業がないだけに劣った程だった。社内では頭脳明晰、容姿端麗、何でも出来て強いと評判の、つよしが仕切るミュージカルに期待だけが膨らんだ。

「ミュージカルは流石に無理や、僕にはミュージカルの良さも、悪さも判断出来へん。観ても面白ないし、音楽にも乗れんし、意味が分からん」

 辞令を持ったまま、自席で俯いているつよしに木下が声をかけた。

「つよしらしくなく元気ないな。俺もサブリーダーでミュージカル手伝うで。二年後輩のつよしに超えられたけど、俺はつよしの為に頑張る」

「健くん、ありがとう、ありがとう」

 涙目のつよしと木下は握手を交わし、ミュージカルの成功の為に動いた。次の年にミュージカルは開演され大盛況。ワイドショーなどでも話題になり、ミュージカル成功の記者会見が開かれた。真ん中に座るつよしに世間は注目し、話題になり、会社ぐるみでつよしを歌手デビューさせることに話は進んだ。

「歌えないし、踊れない僕が歌手デビューなんてどうしよう、どうしよう」

 この苦難もつよしは持ち前の強運で乗り越えられるのか。

                「了」

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「つよし」 大和 真(やまと しん) @ysf40neo

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