第6話 結末

こうして牢番エリックの証言と共に状況証拠が揃ったことで、オズワルド王子とエリザベス侯爵令嬢の地下牢侵入事件とエリザベスの独断犯行によるアイリス男爵令嬢の殺害未遂事件(侯爵家は関わっていないと主張)は国法にて裁かれることとなった。


結果、オズワルド王子は謹慎処分となり、エリザベス侯爵令嬢は自領にてしばらく軟禁処分となった。


また男爵令嬢のアイリスは婚約者のいるオズワルド王子を魅了したということで貞操の罪に問われ、さらにはエリザベスだけでなく学園での生徒や教師たちの証言をもとに徐々に彼女の罪は明らかとなった。


アイリスは泣く泣く辺境の教会へ修道女として送り出されることになったのである。


侯爵家としては思わぬ苦湯を飲まされたこととなったが、王族にも男爵家にも罪を下されたため、一応痛み分けということでこれ以上手を出してくることは無かったそうだ。


傍目には一件落着。

しかし、エリックは違った。


裁判の後、最近では毎日のように騎士団長のメリンダがエリックのいる地下牢にやってくるようになった。


「エリック、騎士団に入らないか?」

「いや、その」

「魔法師団長がお前を殺しいほどに憎んでいるそうじゃないか。なに、私ならお前を守ってやれるぞ?」


エリックは今、騎士団長から熱い熱い熱烈な勧誘ラブコールを受けている。ちなみに騎士団長の名はメリンダ・スチュアートという。商家の出でありながら剣術を好み、実家が馬車で出稼ぎに行く際には傭兵と共に剣を携えて馬車の護衛任務をしていたらしい。


女だてらにもあまりの強さに「赤獅子」と呼ばれおり、盗賊や傭兵からは大層恐れられていた。傭兵団からもちょくちょく勧誘されていたらしいが、親の反対で断念したそうだ。


ある日、たまたま貴族の馬車を襲っていた盗賊に遭遇し、難なく蹴散らしたところ、助けた貴族に気に入られ、なんと騎士団に入団する運びとなったらしい。その後はメキメキと頭角を現し、あっという間に騎士団長のポストにおさまったとのこと。


かたや魔法師団長はエリザベスの兄で平民を差別することで有名な男だ。騎士団長のメリンダが商家の出ということでかなり嫌っているらしい。エリックも学生の頃、エリザベスの兄がいたため、あれこれと邪魔されたり、また魔法師団に入団する前に不正をしたと言い掛かりをつけられ、やむなく魔法師への道を断念したという経緯がある。


エリックからすれば恨みたいのはこちらの方だということだ。


にもかかわらず、エリザベスのせいで再び兄に恨まれることになろうとはエリックは考えてもいなかったようだ。


たしかにメリンダ団長の言う通りで、牢番とはいえ、魔法師や侯爵家に睨まれたのではエリックの命がいくらあっても足りない状況である。


また下っ端の命は軽い。


脱獄した罪人と戦った挙句、運悪く命を落としてしまったという筋書きも考えられる。


「まあ、私がいればアイツもおとなしくしてるさ」

「どうしてですか?」

「なに、アイツの父、侯爵様はあたしらの上司だからな」

「え?」

「騎士団と魔法師団を統括されているのが侯爵様だ。あの方は人格者だからバカ息子の思い通りにはさせないよ」


「はあ……」

「ということだ。これからよろしくな」

「なんでそんなに俺を勧誘したいんですか?」

「なに、力のある者が無碍にされ、こんなところで燻ってるんだ。王国としても勿体無いじゃないか」

「そうですかね」

「お前だってずっと牢番なんか嫌だろう?」

「そうでもありませんよ」

「こないだ牢番のお前のところに嫁は来ないと嘆いていたそうじゃないか」

「なっ!なぜ!?……そうか、あのジジイ!」

「騎士団に入れば、そうだな、嫁候補の一人や二人、紹介できるぞ?」

「まあ、そういうことなら……」

「よし、決まったな?」

「まあ」

「返事の声が小さい!もっとハッキリ言え!」

「は、はいっ!!」


ワハハと高笑いしながらバンバンと背中を叩くメリンダ団長。


エリックは自身の背骨が折れるかと思うほどの痛みに耐えつつ、可愛い自分の身を守るため、また将来の嫁さんのために仕方なく騎士団に入ることにしたのであった。


翌日、


エリックは騎士団に入る前に引き継ぎのため牢番担当の兵士たちと会うために兵舎へと赴いた。そこで老兵からようやく神様に願いが届いたんじゃのうと言われた時にはエリックはカッとなり、いつのまにかその老兵の首を絞めていた。


「な、何をするんじゃ!」

「うるせえ!こちとらもうキャパオーバーなんだよ!」

「騎士団に入れば嫁さんも手に入る!一挙両得じゃないか!」

「俺は平穏な生活が好きなんだよ!命を狙われる日々なんざ願っちゃいねえんだよ!」

「そりゃ、全部お前さんが自分でやった事じゃろうが!ワシに責任転嫁するでないわ!」

「それもわかってらあ!ただ誰にも余計な事言われたくねえんだよ!」

「誰か助けてくれい!」


エリックが老兵の首輪絞めていると周囲の牢番兵たちはまた始まったとばかりに何もせず見守るばかりだった。


そこに何も知らないメリンダ団長がやってきてた。彼女は慌ててエリックの腕を握りしめた。


「エリック!貴様、何をやっているんだ!?」

「この爺さんを天国に送ってやるんです」

「まだお迎えの案内は来てないだろう。はやくその手を離してやれ」


エリックは老兵の首を離した。

老兵はゲホッと苦しそうに咳をする。


「エリック、貴様、何をやっているんだ?一歩間違えば牢番に逆戻りどころか、罪人として牢屋に入ることになってたかもしれないんだぞ?」

「いや、この爺さんはそんなに柔じゃありませんよ」

「お年寄りは大事にしないといかんだろう」


老兵はゲホッと苦しそうにしている。

しかし時々メリンダ団長をチラリと見てわざとらしく咳をするのが周囲の兵士たちにもわかっていたため、好んで関わりたくない者は誰も口を出さないようだ。


実はこの老兵、牢番としては長年の実績があり、また実力も牢番たちの中ではダントツなのである。名をゲンツといい、牢番仲間たちからは「不死身のゲンさん」などと呼ばれている。時々年寄り風の弱った演技をしたり、また発作と同時に死んだフリをしたりと、とにかく油断を誘うのが得意なんだとか。


初見では皆騙されるので仲間たちにはもう通用しないが、脱獄を図る罪人たちはまっさきに引っ掛かる。したがって脱獄を図った罪人のほとんどはこの老兵に敗れ、奴隷落ちもしくは鉱山送りとなっていたのである。


人は見た目でわからないものだ。


わからないといえば、メリンダ団長もそうである。実はメリンダがエリックを狙っていることはまだ牢番兵たちの間では誰にも知られてはいない。


ただエリックを迎えに行く時のメリンダの様子が少し変だと勘づいた騎士たちはなんとなくメリンダがエリックを狙っているのだろうと察したようだ。


そんなところに配属になるエリックも少し可哀想な気もするが、メリンダの遅き春を密かに祝う騎士たちからは祝福され、またメリンダの恐ろしさを知る団員たちからはまるで生贄を憐れむような目で見られるとはさすがのエリックには知る由もなかった。


そういうことでエリックはメリンダ団長と共にまるで牛飼いに引かれる子牛のようにずるずると騎士団の兵舎へと引き連れられていくのであった。

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