第5話 話し合い
悪役令嬢エリザベスの指示に従って私兵がアイリスの首を斬り裂こうとする。
「いやぁぁぉ!!」
泣き叫ぶアイリス。
「やめろおお!!」
拘束されながら必死に抵抗するオズワルド。
エリザベスは愉悦な顔をしてアイリスの首が飛ぶのを待っている。
その刹那、
「麻痺せよ《パラライズ》」
「なっ!?」
「う、動け、ない」
「何ですの!?」
エリックは立ち上がる。
エリックの突然放った麻痺魔法によって、エリザベスを含め、オズワルドとアイリス、そして私兵たちは全身麻痺に罹り、指一本動かすことさえ出来ないでいた。
「あ、あなた、何者なの?」
「俺は牢番だ。お前さん達、まあ、よくも好き勝手にやってくれたな。お偉いさんなんかどうだか知らねえが、今は侵入者として、全員もれなくここの牢屋にぶち込んでやるから安心しろ。まあ明日になれば事情聴取するからその時に話してもらうとしようか」
「な、何を、このワタクシを牢屋に入れるだなんて、後でどうなるかわかっていますの?」
「いやアンタが誰かなんてここで証明できんのか?証拠は?あるのなら明日事情聴取の時に証明してくれよ。こんな深夜に地下牢に侵入しておいて、釈明する機会なんてあるわけねえだろ。今は大人しく牢屋で待機してろ」
「私はこの国の王子なんだぞ!?」
「いや、王子様がこんな深夜に、こんな地下牢に来るわけないだろ?お前さん何言ってんだ?」
「私は愛しのアイリスを助けにここに来たんだ!」
「いや仮にも王子様がこんな身勝手な行動をされるはずないだろう。こんな深夜に女に会いに地下牢に?この娘は罪人として牢屋に入っているんだぜ?冗談だろ?笑わせるなよ」
「いや、しかし」
「うるせえな。話は明日聴いてやるから今晩はおとなしくしてろ」
「キサマ!どうなっても知らないからな!」
エリックはオズワルドを無視してアイリスに目を配る。
「アイリスちゃんよ、王子さまの事が好きならちゃんと身分に見合った節度ある対応をしなくちゃいけないんじゃないか?王子様に婚約者がいるんだろ?しかも侯爵家の令嬢さま相手に、何やってんの?それがわかってたんならこんなことにはならなかったんじゃないのか?」
「そ、そうです……けど、私、本当にオズワルドさまのことが好きなんです!」
「アイリス!」
「女狐!」
「ハァ、まあ、それなら拘束したままで3人同じ牢屋に入れてやるよ。一晩じっくり語り合いなよ。私兵の方々は二人ずつ各々牢屋に入っていただこうか。あと申し訳ないが所持している武器は全てこちらで預からせていただく。それと魔法を使えないよう拘束具をつけるからな」
「なっ!?」
「無礼な!覚えてなさい!」
「いや、あんた達がどこのだれか、俺には関係ないし、アンタたちも身分を証明する物持って来てないだろ?仕方ないじゃないか」
「「「クッ……」」」
さすがに身分を証明するものなどは証拠になるため持って来てはいないようだ。
エリックはホッとして胸を撫で下ろす。
(まあ、なんとかなったかな。かなりゴリ押しで押し通してしまったが、まあいいだろ。明日の事情聴取がめんどくせえが、現場証拠もあるし、ま、なんとかなるか)
エリックは安堵する。全員観念したのか、大人しくお縄となり私兵たちは魔法を使えぬよう首輪の拘束具を付けさせた。これは専用の鍵でないと外れないし、力ずくで外そうとすると爆発して拘束対象者を殺してしまう危険な物だ。
オズワルド王子、アイリスとエリザベスは一応両手を後ろにして縄でキツく結び、拘束させてもらった。エリザベスも魔法が使えないように拘束具を付けてあるし、オズワルドも同様だ。
今晩は同室に3人、ゆっくりと話し合いをしてもらおう。
(ま、明日どうなるか知らねえが、これ以上はもうどうなろうとこっちの知ったこっちゃねえ。俺が無事であれば問題なし!)
エリックは再び椅子に腰掛けるとすぐにエリザベスの金切り声が通路に響いてきた。そして続いてアイリスとオズワルドの宥める声が通路に木霊する。
「……この状況だと、しばらく賑やかだな」
侯爵家の私兵たちは静かにしているようだ。
兎にも角にも疲れたとエリックはぐったりしたまま椅子に座り、夜明けまで牢番の業務に徹するのであった。
♢
朝が来た。
地下牢にも通気口から少し朝の日が差し込んでくる。差し込む光から埃が舞うのが見え、また光によって冷たい石畳の床の床の凹凸の影がくっきりと見える。
朝日が昇るとようやく牢番の交代の時間となる。
「おおい、エリック交代だ」
「おお、ようやく解放されるな」
「何のことだ?」
「侵入者が来てな。そいつらがオズワルド殿下とエリザベス侯爵令嬢の名を騙るもので、とりあえず牢屋にぶち込んでおいた」
「な、なんだって!?」
「俺は仮眠とってくるから後はよろしくな」
「おい!エリック!待て!」
「おっと、この重てえ鎖帷子も必要無くなったかな?ちょいとこの重たい装備を外してくるわ」
エリックは待合室に入り槍と短剣を元の場所にしまい、そして兜をとって鎖帷子を外した。
「さて、とりあえず引き継ぎだな。情報共有なんだが、いま最奥の牢屋にはアイリス男爵令嬢とオズワルド殿下の騙る不審者。そしてエリザベス侯爵令嬢の名を騙る女がいる」
「何だって!?」
「とりあえず、だ。事情聴取しようにも深夜に侵入した者たちをそのまま放置しとくにもなあ、あとエリザベス侯爵令嬢と騙る女と一緒に侵入した不審者たちも他の牢屋に閉じ込めておいた」
「事情聴取はどうするんだ?」
「とりあえず俺は仮眠とらせてもらう。上司が来たら呼んでくれ」
「おい!」
「そんじゃよろしく頼むわ」
「おい!エリック!待て!」
「待てねえよ。俺は眠いんだ」
エリックは手をヒラヒラを振り待合室を出るとすぐに兵舎に戻り、仮眠室で眠りについた。
叩き起こされたのは昼頃だ。
「おい!エリック!起きろ!」
エリックが目を開くと目の前には小太りの中年男性が片眉と口髭を歪ませて枕元に立っていた。
「ああゲイン上官ですか、どうしたんです?」
「どうしたもこうしたもあるか!!お前、なんてことしてくれたんだ!」
「何のことですか?」
「オズワルド殿下とエリザベス侯爵令嬢を牢屋に閉じ込めたんだろうが!!」
「いや、本人だと証明する物が無かったんですよ?」
「ならばなぜ確認しに来なかったんだ!」
「だって、深夜ですよ?しかも牢番は俺一人、そんな侵入者が来たからって職場を放り出して確認するなんて無理に決まってるでしょう。しかも上官殿の家はここから遠いですよ?」
「んぐっ、しかし、だな。本人だったらどうなるか考えておらんかったのか?」
「いや、俺は自分の職務を全うしただけですよ?いくら犯罪者が偉い人だからって、その場で確認も出来ないし、牢屋に入ってもらうしかなかったでしょ?」
「いや、もっとやり方が無かったのか?地下牢に行ったが、オズワルド殿下もエリザベス侯爵令嬢もボロボロになってもう怒り心頭だったんだぞ!?」
「え?ボロボロ?」
「ああ、顔と身体に痣がいくつもあった。キサマがやったんじゃないのか?」
「いえ、俺は拘束しただけですよ?あの3人が痴話喧嘩してたから夜も遅いし、後は3人で話し合ってくれって言っただけですよ?」
「何も同じ牢屋に入れなくても良かっただろう」
「いや、隣だと話しづらいじゃないですか」
「ううむ、とにかく、事情聴取があるからお前も一緒についてこい」
「はあ、わかりました」
エリックは上司と共に兵舎の最上階にある騎士団長の部屋へと連れて行かされた。
「ゲイン上官?ここは騎士団長の執務室ですよ?取調室ではないのですか?」
「馬鹿者!王子殿下と侯爵令嬢を取調室に連れて行けるか!あとでわしの首が(物理的に)飛ぶわい!」
「そうですか」
「さあ、入るぞ」
ゲインは騎士団長の執務室の扉をノックすると入室の許可を得て入ることになった。
「失礼します」
エリックが執務室に入ると大きなソファがありエリザベス侯爵令嬢とその向かい側にオズワルド殿下が座っていた。
たしかにオズワルド王子の目には青タンがあり唇も腫れている。エリザベスは薄紫の綺麗な髪が特徴的だがキツイ目つきとスッとした鼻筋の高さが彼女の気の強さをあらわしている。
「あのう、お二人とも昨晩とは印象が違って見えるんですが、どうなさったんですか?」
「お前のせいよっ!」
「君のせいでこんな事になったんだ!」
「ええっ?」
「君が牢番のエリックか、昨晩の侵入者としてこのお二人を地下牢に入れたと聴いたが相違ないか?」
今度は騎士団長が話しかけてきた。
20代後半か30代前半か、ちょっとキツめの美人だが落ち着いた雰囲気を持っている女軍人だった。軍服の下に隠れた筋肉がハッキリと体型に現れており、一目見ただけでもどれだけ鍛錬を積んでいるのかがわかる。
(強いんだろうなあ)
癖のある長い髪に濃い眉毛が特徴的で普通に見ているのだろうが睨まれているような鋭い視線が気になってなんとも話しづらい。
「はい、身分を証明する物が無かったので、あと昨夜、特に深夜の事でしたから、安全性の事を考えて地下牢で待機していただく事にしました」
「それは独断か?」
「はい、何せその場にいたのは私一人だけでしたから、確認しようにも持ち場を離れるわけにはいきません」
「このお二人が何者かわからなかったのか?」
「私のような下っ端がこの国の王子殿下と侯爵令嬢を見た事があるとでも?」
「うむ、そうか。しかし、どうやってこの二人を拘束したのだ?」
「麻痺魔法を行使しました」
「なんだと!?」
「なぜ私が魔法を使えないと思われたのですか?」
「そもそもなぜ麻痺魔法を使える者が牢番をやっているのだ?通常魔法を使えるものは騎士団か魔法師団に入るはずだ!」
「そりゃ俺が平民だからですよ」
「いや、騎士団にも魔法師団にも平民はいる」
「まあ、私の知ったことではありません」
「本当に麻痺魔法で拘束したのか?」
「これが証拠です」
エリックは録音魔法が仕込まれた指輪を取り出して騎士団長に手渡した。
「む?これは……」
「支給されている録音魔法の付与された指輪です。これが証拠となります」
「ふむ、ならば聴いてみよう」
指輪に魔力を込めて真ん中にある魔石をトントンと二度触れると録音魔法が再生され昨晩のやりとりが音声で聞こえてきた。
アイリスの悲鳴、
オズワルドの間抜けなやり取りとエリザベスの高笑い、
いずれも本名を名乗り、言い訳もできない赤裸々な内容である。
またエリックが王子と侯爵令嬢という身分のある者がこんな真夜中の地下牢に来る筈がないというエリックの主張も確かにその通りである。
さすがの騎士団長も苦笑いしながら頷くしかなかった。
またその場で証拠を提示できなかったオズワルドとエリザベスの二人にも失態がある。
まさか昨晩の証拠がないと思っていたエリザベスとオズワルドは横柄な態度をとっていた姿が一変し、今では塩をかけられたナメクジのように縮こまっておとなしくなっていた。
一応、ひと通り録音されたやり取りが終わるとエリックは満足気な顔で騎士団長に目をやった。
「どうですか?証拠としては充分でしょう?」
「うむ、しかし、この録音魔法を付与した指輪だが、普通はこんなにも長時間録音出来なかった筈だが」
録音魔法を付与された指輪は普通に魔力を込め続けないと録音は途中で止まる。したがって牢番ぐらいでは録音できても精々1、2分程度である。それが10分以上録音されているのだから騎士団長が疑うのも無理はない。
「それなら俺、いや私の魔力を測定しますか?」
「うむ、まあ、そうだな、その方が早い」
「ではお願いします」
「魔力測定の水晶を持って来てくれ」
騎士団長の指示によって執務室に魔力測定用の水晶が運ばれた。エリックは水晶に魔力を放つと水晶が淡い光を纏わせる。
「む?」
「なんだと!?」
エリックの水晶に映し出された魔力測定値は濃い紫色となった。
これは魔法師団の中でもトップクラスということになる。
「どういうことだ?」
「ふ、不正だ!」
オズワルド王子が憤る。さすがにこのままでは自分にとって都合が悪いとわかったのだろう。
「では、私がどうやって不正するというんですか?今、目の前には皆さま方しかいらっしゃらないのですよ?こんなところで不正するにも証拠はあるのですか?」
「こ、こいつの服に何か仕込んであるに違いない!」
「では服装チェックをしてください」
「仕方ないな。失礼する」
団長の指示で男の騎士が一人エリックの服を念入りにチェックした。
もちろん証拠たるものは何もなく、オズワルドはますます焦り出す。
「むう、これでは益々貴様の言い分が正当となるな。しかし、どうしてこれだけの魔力を保有しておきながら牢番などやっているのだ?」
「それは魔法師団の団長に聞いてくださいよ」
「な、何よ!?お兄様に問題があると言うの?」
今度はエリザベスが憤りを隠さずに立ち上がる。
「え?魔法師団長さまはエリザベス様の兄だったんですか?」
「知らなかったのか?」
騎士団長は呆れた顔でエリックを見た。
「ええ、何しろ平民ですから」
「それにしてもまあ、たしかに……貴様の性格とやり方を見たら……、むう、何かしら魔法師団長殿の怒りを買ったのだろうな」
「まあ、そういう事です」
「失礼した」
「いえ、ではこれで状況証拠は揃ったということでよろしいですか?」
「うむ、確かに」
「ではもう失礼してもよろしいですか?」
「うーむ、まあ、この録音指輪もあるしな。後はこちらに任せてもらおう。ゲイン、これでこの者には用はない。ご苦労だった」
「は、はい、では失礼します」
上官のゲインと共に執務室を出る。
ようやく解放となったエリックはストレスを発散すべく兵舎を出て町へと繰り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます