第2話 麗しの罪人

今日から牢に入っていたのはアイリスという男爵令嬢だ。


エリックは夜勤前に上司から説明を受けていた。


上司の話によれば、アイリスという少女は、たしか男爵家に引き取られた平民の娘だったはずだ。なんでも侯爵家令嬢の婚約者である王子と懇意の関係だったらしく、度々王子に色目を使ったとかなんとか。


王子にも問題があって、婚約者そっちのけでこの娘にゾッコンだとか。


そんで侯爵家を怒らせたこの娘は昨日捕まり、拘束されてこの地下牢にぶち込まれたというわけだ。さらには裁判が始まるまでは誰とも面会させてはならぬということで父である男爵でさえも娘に会いに来ることが出来ないって状況だ。


いやー、侯爵家恐えな。


エリックは身震いした。


しかしまあ、このアイリスという娘だが、王子がゾッコンだったのも頷ける。


たしかに別嬪べっぴんさんだな。


光沢のある淡いピンク色の髪は薄暗い牢屋の中でも目立つ。

コバルトブルーの目はぱっちりとしていてまつ毛も長いし、唇も小さくて愛らしい。目鼻立ちは素晴らしく整っており、いやはや、なんともまあ可愛らしいお嬢さんだ。体型は華奢で細いのだが、まあまだ若いのだし、これから発育していくのだろう。

それでもアイリスという娘は女としての魅力は抜群だ。


くそっ、王子の奴、羨ましいな……。


「うう、オズワルド様……」


アイリスは薄暗い牢屋の中で座り、愛する王子の名を口にしながら、シクシクと嘆いていた。


エリックが見目麗しい令嬢が泣いている姿を見ていたら、急にアイリスがパッと顔を上げると、エリックは不意にアイリスと目が合った。


するとエリックはドキッと胸が高鳴る。


(いやあ目が合うとは思わなかったが、本当に可愛いな)


エリックはだらしなく鼻の下を伸ばす。

そして途端に自身の胸の鼓動が速くなるのを感じた。


ドクン、ドクン、

ドクン、ドクン、


うあああ!なんて可憐で綺麗な娘なんだぁぁ!!


ちくしょう!なんでこんな綺麗な娘がこんな牢屋に入れられてんだ!?


俺ならこんなところに入れねえのに、

なんてこった。

このまま俺の家に持って帰りたいぐらいだぜ。


しかしまあ、可哀想だが、さすがに牢屋から出すわけにもいかないしなあ……。


ああ、でもなあ……。

出してやりてえなあ。

ほんと、勿体ねえなあ……。


などと男はぶつくさと呟きながら心の中ではなんか勝手に葛藤していた。


エリックは高鳴る鼓動を抑えるべく深呼吸で呼吸を整えた。


(ま、可哀想だが、逃げられるわけでもねえしな)


もう今日はずっと退屈凌ぎにあの娘でも見てよっと。


男は気持ちを入れ替えて、一晩中、あの娘を見張っておかなくてはと気を引き締めた。


そうして男は鼻の下を伸ばしながらも鉄格子の向こうにいる麗しき令嬢をほのぼのと眺めて……いや……監視するのであった。



エリックが牢番を交代して小一時間経ったころだろうか。


「ね、眠い……」


エリックは抑えきれない眠気と闘っていた。

しかし同時に、この強烈な眠気に対して疑問を感じていた。


いつも眠くなる時間よりも早い。

また眠気もいつもより強烈に感じる。


……なんか、これ、ヤバいな。


ひょっとして……睡眠薬か?


いや、水を飲んだのはかなり前だ。


牢番は見張りの途中にトイレに行くことは出来ないため極力、仕事前に水分は摂らないように努めている。


しかし……眠いな。

これは、ひょっとして、


魔法、か?


睡眠魔法を使われたのは今回が初めてだ。

エリックはこの眠気を睡眠魔法と仮定し、抵抗レジストを試みた。


牢番たるもの、一応、魔法への抵抗レジストの訓練は定期的に行わなくてはならない。


訓練の内容としては睡眠魔法、催眠術だけではなく、魅了魔法チャームへのレジストなどもある。


騎士団の騎士たちはもっと厳しい訓練を受けているらしいが、下っ端の牢番たちはとりあえず護身術の他に、寝るな、誘惑されるなと、幾つかの魔法耐性をつけるべく訓練をさせられる。


ということで今回、睡眠魔法への抵抗を試みた。するとぼーっとしていた頭がスッキリし、眠気が引いていくのを認識する。


(こりゃあ、やべえな。睡眠魔法だとしたら、誰がどこからかけてきたのか。まさかあのお嬢ちゃんか?)


しかし、魔力の感じから、あの嬢ちゃんから来ているとも思えない。


エリックは念のため、犯人を泳がせるべく魔法にかかって眠るフリをした。

このまま眠らず牢番をしても構わないが、もっと強い魔法や最悪、力押しで来られてはこっちが困る。


侵入者を取り押さえるのも面倒だし、仮に抵抗に失敗したら殺されるかもしれないし、他に罪人に脱獄なんかされたらもう最悪だ。その際はそこにいた牢番の責任となるため、最悪、解雇クビ、良くて減給となる。


また戦闘で怪我しても労災はおりないので戦うとしても怪我しただけ損なのだ。


エリックはコクリコクリと眠るフリをして、そのまま倒れるように床に落ち、眠りにつく真似をした。目は瞑り、念の為に支給されている録音用魔道具の指輪を起動すべく、指輪に微々たる魔力を込めると指輪が起動したのか薄ぼんやりと魔力の光を纏う。


エリックが眠っているふりをしていると、しばらくして入り口の扉が勝手に開いた。


(やはり侵入者か。しかし、誰だ?なぜ扉が開く?鍵は?どうやって入手したんだ?)


エリックはそっと短剣の持ち手を握りしめた。


「アイリス!無事なのか!」


なんと扉から出てきたのは眉目秀麗、キラキラの金髪碧眼イケイケ王子様だった。

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