レトリック星人

行方行方

レトリック星人

 我々人類が初めて邂逅を果たした地球外生命体、それがレトリック星人である。

 レトリック星人という名は我々人類が便宜上付けた名に過ぎない。彼ら自身は自分たちの事を、日本語に無理やり書き換えると『じゅでっふぎゃろうげ』となる音の並びで呼んでいる。この音の並びを直訳すると『海に囲まれた自然豊かな恵み溢れる土地に住む、月のように美しい銀髪と太陽のように赤い目を持った、大胆かつ繊細でまろやかでありながらも瑞々しく、昔ながらのセンチメンタルにしてハートフルで偉大な、非常に愛くるしいが時には自意識過剰であり、かつ朝はご飯よりパン派な無類の鳥好きでハートフルな二足歩行の、主に炭素からなるハートフルで賢しい、腰回りが猛烈にフレキシブルな知的生命体』となる。

 このように、過剰なレトリックを用いることから、我々は彼らをレトリック星人と名づけることにしたのだ。

 もう少し具体例を見ていこう。

 レトリック星人が暮らす惑星には、潮間帯を好んで繁殖する植物が生息している。彼らはこの植物の事を『きゅうぃでふぐい』と呼び、これを直訳すると『塩辛い水たまりに浸かったり飛び出したりする複雑に絡み合ったグロテスクで奇怪で歪で歪んでいる根と、日の光を浴びてきらきらと輝く表面が艶やかで滑らかな、外縁がギザギザした百万の葉を持つ、主に炭素からなる棒状の生命体』となる。地球でいうマングローブの森を想像していただければそれでよい。この植物は彼らが『おぴるてへいぐ』と呼ぶ、直訳すると『暑くて、暑くてすこぶる暑くて、夥しく甚だしく著しく暑い、一年で一番太陽が熱く燃え周囲は光に満ち、生命は期待感に胸を膨らませ、我々が汗だくになる時期』となる季節に小さなピンク色の実をつける。この季節は地球で言うところの夏に相当する。彼らはこの果実を『どふぃすぅーじゅ』という言葉で呼び、これは直訳すると『塩辛い水たまりに浸かったり飛び出したりする複雑に絡み合ったグロテスクで奇怪で歪で歪んでいる根と、日の光を浴びてきらきらと輝く表面が艶やかで滑らかな、外縁がギザギザした百万の葉を持つ、主に炭素からなる棒状の生命体が、暑くて、暑くてすこぶる暑くて、夥しく甚だしく著しく暑い、一年で一番太陽が熱く燃え周囲は光に満ち、生命は期待感に胸を膨らませ、我々が汗だくになる時期に、実らせる小さくて丸く、鮮やかなピンク色の艶やかな表面を持ち、ピンク色で口にすると甘酸っぱさとほろ苦さが三対二の割合でブレンドされたような計算されつくした味のするピンク色でピンク色なピンク! ピンク! ショッキングピンク!』となり、彼らが持つピンク色のものを見ると異常に興奮してしまう習性を如実に表した言葉になっている。異常興奮状態にある彼らを、興奮状態にない冷静なレトリック人は『ぽいくむ』という言葉で呼ぶ。これを直訳すると『海に囲まれた自然豊かな恵み溢れる土地に住む、月のように美しい銀髪と太陽のように赤い目を持った、大胆かつ繊細でまろやかでありながらも瑞々しく、野蛮で残忍で残酷、でもちょっぴりハートフルでピンク色な、かつ朝はご飯よりパン派でピンク色な二足歩行のピンク、主に炭素からなるハートフルで賢しい、腰回りが猛烈にフレキシブルで蠱惑的で扇情的なピンク色でピンク色なピンク! ピンク! ショッキングピンク!』となり、後半からは冷静さを失っていることが見て取れる。実際に、『きゅうぃでふぐい』が『どふぃすぅーじゅ』の実をつける『おぴるてへいぐ』の季節には、レトリック人は一人残らず『ぽいくむ』状態に陥り、住民全員が色欲に狂い、暴れ回り、歌って踊り、暴飲暴食を繰り返し、とやりたい放題やるため、政治経済、農業漁業工業は完全に麻痺してしまう。この『ぽいくむ』という現象が、レトリック星人に資本主義の概念が根付かない原因と考えられている。この無秩序状態の事を、レトリック星の学者たちは狂ってしまいたい欲望に抗いながら『んぶきしどぅむ』と名付けた。この言葉を直訳すると『塩辛い水たまりに浸かったり飛び出したりする複雑に絡み合ったグロテスクで奇怪で歪で歪んでいる根と、日の光を浴びてきらきらと輝く表面が艶やかで滑らかな、外縁がギザギザした百万の葉を持つ、主に炭素からなる棒状の生命体が、暑くて、暑くてすこぶる暑くて、夥しく甚だしく著しく暑い、一年で一番太陽が熱く燃え周囲は光に満ち、生命は期待感に胸を膨らませ、我々が汗だくになる時期に、実らせる小さくて丸く、鮮やかなピンク色の艶やかな表面を持ち、口にすると甘酸っぱさとほろ苦さが三対二の割合でブレンドされたような計算されつくした味がする果実を、視界に入れたことにより、海に囲まれた自然豊かな恵み溢れる土地に住む、月のように美しい銀髪と太陽のように赤い目を持った、大胆かつ繊細でまろやかでありながらも瑞々しく、昔ながらのセンチメンタルにしてハートフルで偉大な、非常に愛くるしいが時には自意識過剰であり、かつ朝はご飯よりパン派な無類の鳥好きでハートフルな二足歩行の、主に炭素からなるハートフルで賢しい、腰回りが猛烈にフレキシブルな知的生命体が、異常に興奮し、野蛮さ残忍さ残酷さを獲得し、色欲に狂い、暴れ回り、歌って踊り、暴飲暴食を繰り返しピンク、とやりたい放題やるため、政治経済、農業漁業工業が完全に麻痺し、結果引き起こされる無秩序なピンク色でピンク色なピンク! ピンク! ショッキングピンク!』となり、学者たちがあと少しのところで冷静さを失ってしまったことが分かる。しかし、彼らの強靭な精神力と真理への探究心には脱帽である。 


 前述の通り、レトリック星人達は自らを『じゅでっふぎゃろうげ』と呼び、その言葉の中に過剰と言って良いほどの意味が含まれている。

彼らは圧縮された言語を使用しているのである。

 レトリック星人についての調査を続けてるうちに、我々は一つの事実に辿り着いた。それは、上位の存在ほど数多の言葉で修飾されるという事実である。

 具体例を見ていこう。

 レトリック星人の政治制度は王制であり、国民全員が王の事を心から尊敬している。そして、国民よりも上位の存在として扱われている王には、レトリック人を表す『海に囲まれた自然豊かな恵み溢れる土地に住む、月のように美しい銀髪と太陽のように赤い目を持った、大胆かつ繊細でまろやかでありながらも瑞々しく、昔ながらのセンチメンタルにしてハートフルで偉大な、非常に愛くるしいが時には自意識過剰であり、かつ朝はご飯よりパン派な無類の鳥好きでハートフルな二足歩行の、主に炭素からなるハートフルで賢しい、腰回りが猛烈にフレキシブルな知的生命体』よりも遥かに長いレトリックが為されているのである。

彼らの王は『くじょおふふぐぶくぇいる』と呼ばれ直訳すると『海に囲まれた自然豊かな恵み溢れる土地に住む、月のように美しい銀髪と太陽のように赤い目を持った、大胆かつ繊細でまろやかでありながらも瑞々しく、昔ながらのセンチメンタルにしてハートフルで偉大な、非常に愛くるしいが時には自意識過剰であり、かつ朝はご飯よりパン派な無類の鳥好きでハートフルな二足歩行の、主に炭素からなるハートフルで賢しい、腰回りが猛烈にフレキシブルな知的生命体を統べる、海に囲まれた自然豊かな恵み溢れる土地に住む、月のように美しい銀髪と太陽のように赤い目を持った、大胆かつ繊細でまろやかでありながらも瑞々しく、昔ながらのセンチメンタルにしてハートフルで慈悲深く偉大な、非常に愛くるしいが時には自意識過剰でありつつもハートフルであり、かつ朝はご飯よりパン派な無類の鳥好きでハートフルな二足歩行の、主に炭素からなるハートフルで全知全能の、腰回りが猛烈にフレキシブルでハートフルな知的生命体』となる。

 さらに、王の父、即ち先王は『いじゅゆたふるど』と呼ばれ、直訳すると『海に囲まれた自然豊かな恵み溢れる土地に住む、月のように美しい銀髪と太陽のように赤い目を持った、大胆かつ繊細でまろやかでありながらも瑞々しく、昔ながらのセンチメンタルにしてハートフルで偉大な、非常に愛くるしいが時には自意識過剰であり、かつ朝はご飯よりパン派な無類の鳥好きでハートフルな二足歩行の、主に炭素からなるハートフルで賢しい、腰回りが猛烈にフレキシブルな知的生命体を統べる、海に囲まれた自然豊かな恵み溢れる土地に住む、月のように美しい銀髪と太陽のように赤い目を持つ、大胆かつ繊細でまろやかでありながらも瑞々しく、昔ながらのセンチメンタルにしてハートフルで慈悲深く偉大な、非常に愛くるしいが時には自意識過剰でありつつもハートフルであり、かつ朝はご飯よりパン派な無類の鳥好きでハートフルな二足歩行の、主に炭素からなるハートフルで全知全能の、腰回りが猛烈にフレキシブルでハートフルな知的生命体の、温和勤勉で物腰柔らかな、柔よく剛を制す、老いにより腰回りのフレキシブルさを失った、朝はご飯よりパン派な無類の鳥好きでハートフルな二足歩行の、主に炭素からなるハートフルで賢しい偉大なるハートフルな父親』となる。

 さらに、初代国王は『ぐいぅ』と呼ばれ、直訳すると『海に囲まれた自然豊かな恵み溢れる土地に住む、(中略)ハートフルで賢しい、腰回りが猛烈に(不適切表現)な(中略)〇〇〇〇を非常に好む、小汚いうすのろで(中略)つつもハートフルであり、馬鹿阿保ドジ間抜けおたんこなすかぼちゃ、かつ(R18用語)派な無類の鳥好きで香ばしいハートフルな二足歩行の、(自主規制)愚かしくもどこか憎めない偉大なるピンク、主に炭素からなる(解析不能)な、ハートフルで全知全能の、(中略)食べ物ではなく、ハートフルかつハートフルな腰回りが猛烈にフレキシブルでハートフルな知的生命体の、温和勤勉でハートフルな、(中略)ハートフルで偉大なる初代国王』となり、およそ四千五百文字、約千単語を用いて初代国王という言葉を修飾している。最頻出単語はハートフルであり百二十四回登場する。ここにも彼らのハートフルな感性が良く表れている。その一方で、小汚い、馬鹿等の罵倒の言葉も二十三回使われている。

 他にもレトリック星で高額で取引されるものはそのレトリックも長い傾向がある。つまり、価値のあるものほど多大な言葉で修飾されるということである。レトリックの長さから彼らが対象をどのように評価しているのかを推し量ることができるのだ。

そんな彼らは、我々地球人の事を『くへじごじくぶごごぶふぃっと』という言葉で呼ぶ。

これは直訳すると

『喋る野蛮な猿』となる。

 おしまい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

レトリック星人 行方行方 @kisasagisasaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ