探偵事務所イリュミナシオン
森新児
地方のさびれたシャッター街で
「ぼくらはずっと友だちだよ」
五歳で初めて会ったとき、ワタルはぼくにそういった。
朝学校へ行こうとさびれたシャッター街を歩いていたら、昨日までなかった立て看板が目に入った。
「探偵事務所イリュミナシオン
失せもの 会社・学校・家庭のトラブル 万事解決
千客万来!」
(探偵事務所で千客万来って珍しいな)
そう思いながら気がついたらぼくは立て看板横の階段を登っていた。
「あらいらっしゃい」
ぼくを出迎えたのは意外にも二十代後半ぐらいの女性だった。
お手伝いさんかと思ったら、事務所には彼女一人しかいない。
(女の探偵なんだ)
「お客さま? ようこそ」
そういって立ちあがった彼女を見てビビった。
大きいのだ。
ハイヒールを履いてるとはいえ素で一七四か五センチあると思う。
ぼくは中二で一六〇センチしかないから相手が十センチ以上大きい。
スレンダー(で巨乳)な女探偵は白いシャツを着て黒いタイトスカートを履いていた。
胸もとにレトロな青いブローチがある。
長い髪をオレンジに染め、白い肌は透明感があり、鼻筋は高貴な感じにすっきりして、切れ長の目は人がいない清潔な湖のように青い。
日本と西洋のハーフらしいが、五十年代のハリウッド女優みたいに神秘的な美人だ。
「ソファにかけて。お茶入れるから」
そういって颯爽と歩き出し、美貌の女探偵はすぐズデンと転んだ。
「ごめんなさい。ハイヒールになれてないの」
赤く晴れた額を撫で、探偵はお茶を飲んだ。
ぼくは彼女がくれた名刺を見た。
蝉川ゾフィというのが彼女の名前だ。
(ウルトラ兄弟の長男と同じ名前だ)
「でご用件は? ええと河上鉄平さん」
ゾフィは学生手帳でぼくの名前を確認した。
「ぼくのクラスのトラブルです。今年の春桐生忍って若い女の先生が担任になったんですが、それからクラスがおかしくなって。先生へんなこというんです」
「どんな風に?」
「この世に正義はない。勝ったものが正義で勝つのは強者。あなたたちはどんな手段を使ってもいいから勝て、なんてことをいうんです」
「この国の支配層はそういうこというわ」
「でも教師が全然建前いわないのはおかしい」
「あなた賢いわね」
「それに扇動された生徒が段々過激化して秘密結社を作ったんです」
「あら素敵」
「帰ります」
ムッとして立ちあがったぼくの足にゾフィはタックルするようにしがみついた。
「待って!」
「まじめに話してるのに失礼です」
「ごめんなさいもうふざけません許してください」
大の大人がそういってポロポロ涙を流すのでぼくはしぶしぶ座り直した。
「秘密結社の名前はアセファルっていいます。頭がないぶきみな人間のアイコンをバッジにして胸につけてます。最初は校則違反の取り締まりとかしてたんですけど最近過激になって、引きこもりの子の自宅に押しかけて怪しげな施設に押し込んだり、いうこと聞かない生徒を集団で殴ったり、さらに学外で活動して私設逮捕と称して通りすがりの大人を捕まえたりしてます」
「この前中学生のグループが半グレのアジトにカチコミかけて、詐欺グループを壊滅させたって新聞に載ってたわね」
「それうちのクラスです。アセファルのリーダーは小林ワタルっていうぼくの幼なじみなんですけど、このままだと死人が出ると思って相談にきました」
「今日はどうしてこんな朝早くきたの?」
「これから学校で全校集会があるんですけど今日そこで裁判があるんです。蓑田と上野って先生が恋愛関係にあって、それが不道徳だって桐生先生がカンカンなんです」
「それ人民裁判よ。人民裁判は本当に死人が出る。行きましょう……ねえわたしを雇ってくれる?」
「いくらです?」
「日給二万」
「高いからやめます」
「じゃまけて百円!」
「ディスカウントすぎて怪しいからやめます」
「待って! 人類と契約しないとわたしこの星で動けない。何でもするから雇ってお願い……」
「まさかこんなところでジェット商会のバウンティハンターに会うとは思わなかったわ」
全校集会での人民裁判の最中体育館のステージでゾフィと対面した桐生先生は、そういって自分の黒髪を撫でた。
先生のそばに髪を茶色に染めた、ぼくと同じくらい小柄なワタルがいてニコニコ笑ってる。
「わたしの罪状は?」
「原住民の言論・思想・行動の自由の侵犯よ。宇宙憲章の三大原則を破ってる」
「人間の精神で一番おいしいのは恐怖と憎悪だからしかたないわ。あなたもそうでしょ?」
「わたしは人間の喜びと悲しみが好き」
「悲しみならわたしも与えてるわ」
「あなたがこの星の人々に与えてるのは嘆きよ。悲しみはもっと静かな感情だから」
「談判決裂ね。古式床しく決闘で蹴りをつけましょう」
と先生がいった瞬間ステージは半透明の結界に囲まれた。
中にいるのはゾフィと桐生先生、そしてぼくとワタルの四人。
「ごめんね鉄平くん。決闘には介添人が必要なの。あなたはそこで見てて」
「合図は?」
先生に問われたゾフィはステージに自分の青いブローチを置いた。
蓋を開くと音楽が流れた。
今までに聴いたことがない、どう考えても地球の音階と無縁なふしぎなメロディだ。
「音楽が終わったら撃ち合いましょう」
そう語るゾフィの腰にいつの間にか銀色の拳銃があった。
先生の腰にも同じ銃がある。
二人は黙って見つめ合った。
美人が無言で睨み合うのは冷たい色気と迫力がある。
一分ほどで音楽は終わった。
二人は同時に拳銃を抜いた。
銃声は鳴らなくてステージは静かだった。
ぼくは驚きで声も出なかった。
(先生ではなくワタルを撃った?)
やがて半透明の結界が消えると桐生先生が床に倒れていた。
ワタルはニコニコ笑ってる。
するとその姿が足もとからスー……と消え始めた。
「ワタル」
「サヨナラ」
ワタルは笑顔で手を振り消滅した。
「彼が今回の事件の首謀者よ。今ここに閉じ込めたわ」
ゾフィはそういうとブローチの蓋をパチンと閉めた。
「彼は宇宙からやってきた純粋精神体なの。餌は人間の精神。実体はないの。これから施設で彼の精神を治療するわ」
体育館にいる先生と生徒は全員眠っていた。
その静寂の中に、ゾフィの声が孤独な足音のように響く。
「ワタルくんは桐生先生のように感受性の鋭い人にだけ見える霊体みたいなものね。あなたにとってはイマジナリーフレンドかしら」
「イマジナリー?」
「そう。でもそろそろ幻(イリュミナシオン)より実体を愛したほうがよくない?」
「たとえばどんな?」
「わたしなんてどう?」
そういってゾフィはぼくの額にキスをした。
冷たい唇と柔らかい乳房の感触があって、とてもいい匂いがした。
(うん、確かに)
実体も悪くない。
目が覚めた生徒に聞いて回ったがワタルを覚えている生徒は一人もいなかった。
やはり彼の実体はなかったんだ。
ただ彼の思い出だけが、溶けない雪みたいにぼくの胸に残った。
アセファルは自然消滅し、桐生先生は元に戻り、蓑田先生と上野先生は婚約した。
そしてゾフィは
「こんちは、ってお出かけ?」
「行くわよ。毎晩尻尾が九本あるキツネに足の裏をくすぐられるって女性から調査依頼があったの」
「それ妄想では?」
「精神体(イリュミナシオン)のしわざかもしれないわ。行くわよ!」
颯爽と駆け出そうとして、ゾフィはまたしてもズデンと転んだ。
「とほほ」
ぼくは涙ぐむゾフィの頭を撫でた。
「よしよし」
「もっとなでなでして」
こんな風にぼくは毎日探偵事務所イリュミナシオンで放課後バイトしてます。
実体と一緒に行動するのは骨が折れるけど、でも結構楽しいです。
探偵事務所イリュミナシオン 森新児 @morisinji
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます