1-11 〝光を求めて〟

「………………ああ、そうか」


 目が覚めたら元の世界に戻ってた、なんてことは全くこれっぽっちも期待はしていなかったが、改めてこの真っ暗闇の世界を目にすると流石に気が滅入ってしまう。

 相変わらずの暗い世界。

 現実感のない悪夢のような世界だが、正真正銘の現実。

 暗い部屋の中を照らす燭台の灯りと、背中に感じるベッドの硬さが何よりの証左だ。

 果たしてどのくらい寝たのだろうか。時間も太陽もなければ確認しようがない。

 あの後、すぐに俺は教会の室内にあるベッドで眠りに落ちた。自分では気付かなかったが、疲労も溜まっていたようだ。

 ベッドから起き上がり、体の調子を確かめる。

 体が回復した実感は今一つ無いが、体調に問題はない。精神もまた、同様に落ち着いている。

 つまり、普通の状態だ。何も問題はない。

 

 礼拝堂に入ると、聖火台近くの長椅子に腰掛けた。

 さて……、教会を出発する前に懐中時計の武器化を試してみないとな。

 懐中時計を握りしめて、念じる。


 ――『長剣となれ』


 すると、瞬時に懐中時計は閃光を放ち、長剣へと変化した。


「これが、武器化か………」


 手に収まったのは一振りの黒い剣。

 全長は80cmくらいで、柄は黒いチェーンが巻かれた握りと穴の空いた柄頭だけで、鍔は付いていない。

 剣身の方は先端に向かって次第に細くなっている。

 装飾は一切無く、非常にシンプルな剣だ。

 まるで、いや、正に時計の長針だ。

 試しに長剣を片手で軽く振ってみる。


「……余り重くはないな」


 剣道の竹刀くらいしか比較対象は無いが、あれよりも重い。

 だが――振り易い。

 また、柄頭には半透明の鎖が繋がっているが、物体を透過する性質を持つので一切の支障はない。

 戦闘中でも、問題無く自由に剣を振う事が出来る。


 さて、次は短剣にしてみるか。


 ――『短剣となれ』


 念じると瞬時に閃光を放ち、長剣から短剣へと変化した。

 短剣は長剣の剣身を短くした姿で、全長は30cm程度。同様に柄に鍔は無い。

 こちらも短針にそっくりだ。

 短剣を軽く振ってみると、当然ながら長剣よりも軽い。

 こちらはこちらで使い勝手が良さそうだ。

 状況に応じて、長剣と短剣を使い分けてみるのも面白いだろう。


 よし、これで武器化の確認は終了だ。

 次は羅針盤の確認を行う。

 短剣を懐中時計に戻して、上蓋を開く。時計の左下の一部分に搭載されている、小さな方位磁針を見詰めた。

 恐らく、これが羅針盤だ。

 

「さて……、望む場所か……」


 考えるまでも無い。これ一択だ。


 ――『この暗闇の出口を示せ』

 

 そう念じると同時に、針はゆっくりと動きだして次第に回転し始めた。

 高速で回り続けるそれは、十秒程経過した後に勢いを失っていき――やがて止まった。

 針は、一定の方向を指し示していた。

 試しにその場から動いても、回ってみても、針は同じ方向を向いている。

 どうやら本当に、あの抽象的な要望でもこの懐中時計は答えを用意してくれたらしい。

 なんて凄い能力だ。

 思わずそう感心していると、俄かにタブレットが光を放つ――。


 ――『〝【古代ノ械誅時計】の一部の能力の発動を感知〟』

 ――『〝【多機能型情報石板】への反映を開始します〟』

 ――『〝ワールドマップに反映完了〟』


 画面に文字が表示され、消えると同時に地図アプリが起動された。

 そして、現在地の教会から地図は縮小されていき――遥か遠く離れた未解放の領域に懐中時計のマークの付いた地点が表れた。


「――まさか、此処に向かえと……?」


 現在地の地図の縮小具合から判断すると……、一体どのくらい離れているんだ?

 距離も日数も全く想像出来ない。

 一日では絶対に辿り着かないことは必定だ。


「……だが、これで目的地は決まった」


 そろそろ出発するとしよう。

 懐中時計とタブレットを仕舞い、持っていく荷物を整理する。

 二本のスキットルをバッグに入れて、背負う。

 日記は此処に置いておくことにする。そうした方が良いだろう。

 続いてカンテラを、廃棄したパーカーの紐で括り付けてベルトの鎖に装着させる。

 ……これでよし。もう、この教会でやり残した事は無いはずだ。

 出発といこう。


 カンテラを起動し、明かりを灯して礼拝堂から外に出る。


「相変わらずの闇の世界だ」


 辺り一面が真っ暗の無光世界。今後の長旅で頼りになる光源はこのカンテラだけだ。

 懐中時計で方向を確認する。

 方向は、村の方角と同じであった。


「あれ……そう言えば……」


 ジーンズのポケットに入れっぱなしだった、あの火の鳥から貰ったライターを思い出す。


「確かこれも……」


 ライターを取り出して、火をつけると村の方角に火は傾いた。


「同じだ……」


 懐中時計の羅針盤とライターの火が指し示す方向は全く同じであった。

 これはつまり……、鳥の意図と俺の望みが一致しているということか。

 成程……。

 どうやら、尚更向かわなくてはならなくなったようだ。

 だが、それは好都合というもの。

 もう一度あの鳥と出会う予感はしていたのだ。何の問題もない。

 

 覚悟を新たに、足を踏み出す。

 一歩、また一歩と暗闇を進んでいく。



 こうして、俺は再び闇の世界へと足を踏み入れた。

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外天ノ異邦人 俳人 @youwelt

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