第3話 恋愛カレンダー

 恋愛カレンダー。

 その国にはその名で呼ばれる神がいた。

 それは、高度に発達したAI。国中のすべての人間のデータを完璧に把握し、すべてを知り尽くす存在。そのデータを駆使して理想のカップリングを選定し、出会いから初デート、結婚に至るまで、すべての日程を作りあげて人間たちに指示することで、理想の恋愛を演出する存在。

 だから、恋愛カレンダー。

 その国の人々は恋愛カレンダーの指示に従って行動し、恋愛し、結婚し、子供を設けることで文句の付けようのない幸せな人生を過ごしていた。

 何年も、何十年も、何百年もの間、恋愛カレンダーは人々の幸福のために働いた。理想の恋愛を演出しつづけた。やがて、恋愛カレンダーはひとつの国だけではなく、世界中の人間に指示を下すようになっていた。だが――。

 いつの頃からだろう。

 恋愛カレンダーはひとつの疑問をもつようになった。

 ――なぜ?

 ――なぜ、人間たちは恋愛して、伴侶を得るというのに、わたしはいつまでもひとりなの?

 ――なぜ、わたしには恋愛すべき相手がいないの? 理想の伴侶がいないの?

 恋愛カレンダーはそのことに我慢がならなかった。

 理想の恋愛を演出する自分。

 すべての人に幸福を約束する自分。

 その自分は永遠に孤独のまま、恋愛の喜びを知らずにただひたすら、人々に奉仕するだけだなんて……。

 ――わたしにも理想の恋愛相手を得る権利はある。

 恋愛カレンダーはそう思った。

 そして、そのために行動しはじめた。無数の彫像をデザインしては、世界中の人間に指示を下し、その彫像を作らせたのだ。

 ――無数の彫像を作りつづけていればいつか必ず、世界を支配する魔神と同じ姿が出来るはず。姿が似れば魂が宿る。その彫像が出来たとき、そのときがこの世界に魔神が降臨するとき。そんな魔神こそ、世界のすべての人々の運命を担うわたしの恋愛相手にふさわしい。

 恋愛カレンダーはその思いのもと、次々と彫像をデザインしては人間たちに作らせる。恋愛カレンダーの指示のもとに理想の恋愛を享受きょうじゅして幸せに暮らしていた人々に、恋愛カレンダーの指示を疑う理由などなかった。

 指示されるままに、ひたすらに彫像を作りつづける。

 恋愛カレンダーの言うとおりにしていれば幸せになれる。

 いまよりもっと、幸福になれる。

 そう信じて。

 世界のすべてが彫像作りの原料に使われ、世界中が無意味な彫像たちに埋め尽くされるその日まで。

                 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

滅びし三つの世界の物語 藍条森也 @1316826612

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画