第2話 心霊スーツ

 「これぞ、この世の至宝中の至宝、心霊スーツ! 世にふたつとなき逸品ですぞ!」

 その国を訪れた商人はそう言って一着のスーツを掲げて見せた。

 それはなんとも珍妙なデザインの代物で一目見れば吹きだし、二目見れば腹がよじれ、三度見れば笑い死ぬ……というほどに奇妙奇天烈、シッチャカメッチャカなデザインだった。

 王さまはそのスーツを一目見るなり、

 「ほ、ほう……」

 と、言ったきり、言葉を失った。

ニコニコとやたら愛想の良い商人は心霊スーツを掲げたまま言ってのけた。

 「なにより、素晴らしいのはこの心霊スーツ、愚かものにしか見えないと言うことです。賢いものには見ることも、ふれることも出来ない、もちろん、感じることも出来ないのです」

 「ほ、ほう……。それは確かに珍妙な。しかし、それならばなぜ、そなたはそのような代物を扱えるのかな?」

 「それはもちろん、わたくしめはこのような代物をあきなう愚かものにございますれば、目で見ることも、さわることも出来まする」

 「な、なるほど……」

 「しかし、もちろん、臣下の方々をはじめ、この国にはこのスーツを見ることの出来るほどに愚かなものなどひとりもおられぬはず。むろん、陛下もなにも見えはしないことでしょう」

 「う、うむ、もちろんじゃ。そなたの手にもたれたスーツなどなにも見えんぞ」

 実際にははっきりと見えていていまにも笑い死にしそうなのに、必死に耐えてそう言う王さまだった。

 「そうでしょう、そうでしょう。陛下のように賢く、ご立派な方にこのスーツが見えるはずがございません。もちろん、さわることも、感じることも出来ないでしょう。ほうら、この通り、お着せしてもなにも感じないでしょう?」

 「う、うむ、もちろんじゃ。余はそなたの言う心霊スーツなど着てはおらぬぞ」

 「そうでしょう、そうでしょう。陛下のごときお方にはこのスーツはなんの意味もございません。まったく、着ていないのと同じこと。さて。それでは、わたくしめはこれにて失礼いたします。陛下と王国のますますの繁栄を心よりお祈り申しあげますぞ」

 「う、うむ、ご苦労じゃった」

 そして、商人は帰っていた。

 王さまに心霊スーツを着せたまま。


 その日から王さまは四六時中、心霊スーツを着て過ごした。政務のときも、謁見のときも、果てはいくさに出るときさえ心霊スーツのまま。その珍妙にして奇妙奇天烈なデザインのスーツは、見るものすべてに強烈な笑いの発作を起こしたが、誰もが目をそらし、顔をつねり、笑うのを必死にこらえていた。

 だが、ある日、王さまが町を歩いているとひとりの少年が飛び出してきた。王さまを指さし、叫んだ。

 「やあ、王さまは、あんな変な服を着ているよ!」

 その叫びに――。

 国中の人間が青ざめた。

 「こ、これ、なにを言う……!」

 少年の父親があわてて言った。

 「王さまは変な服など着ていない、心霊スーツなんて着ていないんだ! そうだろう?」

 「ううん。王さまは変な服を着ているよ。僕、あんな変な服を見たの生まれてはじめてだよ」

 その言葉に――。

 国中の人間が絶望に覆われた。


 王さまの国が数多あまたの心霊に襲われ、滅び去ったのはその日のことだった。

 それだけではない。冥界からあふれ出した心霊たちはたちまちのうちに世界を覆い、生きとし生けるものすべてに取り憑き、滅ぼした。

 すべては悪魔のちょっとしたイタズラ。

 心霊たちは現世の人間からその存在を認められ、招かれない限り、現世に戻ることは出来ない。そのために、悪魔たちは賭けをしたのだ。

 人間たちに心霊の存在を認めさせ、自ら招かせることは出来るかどうか。

 そのために作られたのが心霊スーツ。心霊スーツを認めると言うことは心霊の存在を認めると言うことであり、冥界にあふれる心霊たちを現世に招くと言うこと。

 王さまをはじめとするおとなたちはそれを知っていた。知っていたからこそ必死に無視していた。しかし、その努力も、尽力も、たったひとりの正直な少年によって打ち壊された。

 そして、世界は滅びたのだ。

 『いつでも正直』な、たったひとりの少年の言葉によって。

                 完

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