滅びし三つの世界の物語

藍条森也

第1話 砂の王国の砂

 砂の王国。

 その国はいつのころからかそう呼ばれていた。

 もともとは別の名前があったのだが、いまでは誰もその名前では呼ばない。砂に埋もれるがごとく、忘れ去られた。

 砂の王国。

 その名の由来は、その国から豊富に産出される砂にあった。

 もちろん、ただの砂ではない。その砂はどんな動物の肌にもピッタリ密着してはがれないという特徴があった。はがすにはアルコール濃度の高い溶液で丹念に拭き取るしかない。それ以外の方法では、水のなかに放り込もうがどうしようが、はがれることはない。そして、なにより――。

 肌に貼りつけた砂は自在に造形することが出来た。

 砂を肌に盛りつけ、彫像を作るように砂を細工することで彫りの深い顔も、高い鼻も、はち切れんばかりに豊かな胸も、すべて望み通り。

 その砂には様々な色合いがあったのでごく自然な肌の質感も出せれば、華やかな色彩でその身を飾ることも出来る。しかも、決してはがれることがないのでそのままの姿で生活できる。風呂に入ることも、性行為をすることすらも可能なのだ。

 この砂によって砂の王国の人々は生まれついての美醜から解放され、誰もが輝くばかりの美貌を手に入れられるようになったのだ。

 その噂を聞きつけた周辺諸国は続々と砂を輸入した。

 砂の王国から腕利きの砂細工師たちが派遣され、多くの国、多くの人々の姿を望みのままに彩った。

 誰もが理想の姿を手に入れることの出来る夢の時代。

 まさに、そんな時代だった。だが――。

 夢の裏ではひとつの悪夢が広がっていた。

 砂の王国の砂。

 それは、ただの砂ではなかった。

 ケイ素を主成分とするケイ素生物だった。自分では動くことが出来ないかわりに動物の肌に張りついて運ばれ、そして――。

 動物を包み込むことでなかの動物を食らいつくし、栄養にかえ、繁殖する。ついにはなかの動物は完全に消え失せ、なかまでギッシリ砂のつまった砂人形が出来上がる。

 砂人形たちは生前の動物の習性をそのまま模倣して本物そっくりの人形として行動する。すべては自分たちの繁殖のために手に入れた習性。

 だから、誰も気付かない。

 人々が喜ぶその裏でひとり、またひとりと砂に食われ、砂人形へと化していることに。

 誰も知らない。

 誰も気がつかない。

 そのなかで世界は静かに滅びていく。理想の姿を手に入れた人々の喜びの声に包まれながら。やがて、世界のすべてが砂人形にかわるまで。

 人の欲望が尽きせぬ限り。

                  完

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