第十五話 復路

 旅は我が家が一番良いということを知るために行くものだ、と誰かがいったかどうか。

 正直、そんなチルチルミチルみたいなことは僕はこれっぽっちも思わなくて、精々言って、家などはトイレと電源を気にせずに居られるくらいの利点しか思いつかなかったりする。むろんその部分(とくに電源)は強力だ、との主張には首を縦に振るしかないのだが。


 で、帰り道である。

 いま僕は、この原稿を山形新幹線の中でノートパソコンを広げて書いている。窓の外はもはや真っ暗で、景色がどうのいうようなものではまったくない。適度な揺れと適度なアルコール、往路のような不逞な輩もいない快適な作業環境そのものだ。

 したがって旅の発見とか醍醐味とかを語るような余地も、ほぼない。あるとすれば、一日に圧縮されたトータル一千キロにおよぶこの旅の反芻くらいなもので。


 にしても、新幹線の窓の隣のホームに入線してきた電車で吊り革掴まってる人がいるって図式は、不思議というか新しいというか(笑)


 とか言ってるうちに、山形に着いた。ここは乗り降りしたことがあるんだよな。


 学生時代、この街でバイクの自損事故を起こして足を怪我しちゃったんですよ。で、この街のバイク屋さんに修理と保管をお願いして、応急治療した足でひとり列車に乗って、後日引き取りに行ったのです。


 当時はまだ山形新幹線は無かったから、福島に出るまでの間にスイッチバックみたいなのを使う経路があったと記憶している。まあ遠い昔の話だ。

 とにかくそんな感じなので、この最後のターンに語るべき事などなにもないのだ。往路のような親父が出てくれば話は早いが、そんな偶然はそうそう無いし、こちらとしても願い下げたい。


 そう。強いて言えば……



 あ、お城がライトアップされてる。

 ぐぐったらわかった。上山城郷土資料館。城の復元ではなくて、ガワだけの近代建築物。だからライトアップでものっぺりした感じだったのか。



 ……話を戻そう。

 今回の日帰り弾丸旅行を強いて評すれば、

「まだ自分にそんな馬鹿げたことを許容する体力が心身共にあったのだな」

 という再確認に尽きる。

 今月初頭にかなり力の入った北海道旅行をこなし、わずか二週間後にこのような弾丸旅行を敢行する。競走馬でいえば「連闘」みたいなものだ。跛行はこうや屈腱炎に注意しないといけないってレベルなのだ。

 そんな無謀なアクションをいい年した親父が嬉々として行い、しかも身体を壊すこと無く楽しめたというのであれば、これはもう慶ぶべきことと言わずしてなんと言おう。

 今回の結論は、そんなところでいいのではないだろうか。


 深海くじらよ。おのれは、まだまだ多少の無茶を試みても大丈夫だぞ。

 そう自分で自分にお墨付きを与える、みたいな。



 それにしても新庄東京間は時間がかかるものだな。盛岡東京間よりも一時間も長い。出発して一時間半近く経つのに、まだ福島にも着いてない。

 なので、せっかくのこの作業空間を利用して、このあとは連載小説の書きかけの続きを進めることにしよう。

 うん。それがいい。

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旅せよ、平日。 深海くじら @bathyscaphe

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