迎え火
青空野光
祝福
我々人類には三分以内にやらなければならないことがあった。
たったいま政府から発表された情報によると、600光年の彼方で起きた
ここに来て公表するくらいなら、
在る者は愛する人に感謝の気持ちを伝え、在る者は絶望と恐怖に打ち震え、また在る者は居もしない神に祈りを捧げている、その頃。
そんな今の時間は私にとって、人生で二度と得られるはずなどなかった至福の瞬間であった。
自宅一階の掃き出し窓から裸足で庭に降り立った途端、手入れ不行き届きの芝生が足の裏にチクチクと突き刺さる。
一昨年の夏にはここで家族でバーベキューなどをしたものだった。
ペンキが剥げ落ちすっかりうらぶれた木製のベンチに腰を下ろすと、庭先に生えたシイノキの枝に吊るされたブランコが音もなく揺れ、そこに在りし日の妻と娘の姿が見えた気がした。
『あなた、ビールここに置いておきますからね』
『あ! ちょっとパパお肉! お肉こげてる!』
炭のように黒く硬くなった肉の味を。
泡立ちばかり良いぬるいビールのあの味を。
私はついに今日まで忘れることが出来なかった。
一年前のあの日、残業などせずにもし私が娘を迎えに行っていれば。
同い年だった妻がひとつ年下になることもなければ、小学六年生だった娘のセーラー服姿を見ることだって出来ていたはずなのに。
「ごめんな」
『ううん。あなたのせいじゃないから』
「でも」
『パパはなんにも悪くないから』
雲ひとつない空を仰ぎ見る。
ああ、やっと終えることが出来る。
高価な絵の具のようなコバルトブルーのそのまた向こう側から、遥か180
『あなた、愛してるわ』
僕も、僕も愛してるよ。
『パパ、大好き』
パパもだよ。パパも大好きだよ。
迎え火 青空野光 @aozorano
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