考えたい

 まだちらほらと雪が舞う二月の寒天の下、一人の男が喫煙所で煙草を咥え乍ら鉄のサッシに凭れ掛かる。今日はバレンタインである。

 爛爛と輝く店の飾りつけや町ゆく幸せそうなカップルに対する憎悪の炎からか、思わず中指を立てそうになるが、寸前に思い留まる。


―そうだ、自分はこういうのとは無縁になることを選んだのだ。―


 嘗ての青臭い情熱は今やただ単なる細き蜘蛛の糸である。

 不意に、久々に一人の顔を思い出した。

 ああ、その可憐で愛しき貴女よ、どうか溢れんばかりの倖せに包まれますように。辛い目に泣くことが無くなるように。自分が手に染めた血の数だけ、艱苦の数だけ、崩れた心の数だけ、大切が増えますように。

 唯、ニコチンの苦さを噛みしめながらそんなことを祈らずには居れない。

 天上に上る一筋の白煙の筋を目で追いかけながら、似合わない感傷浸りを切り上げるために、煙草を灰皿に入れる。


 街路を歩いていると、その人は確かにいた。

 全身に血液が急速に巡るのが手の甲の赤らみ具合からよく分かった。

 ただ一人、自分の心を動かした貴女、確かに笑いながら道をゆく。

「お母さま、チョコ買って。」「分かったわ、さては悟君にあげるつもりでしょ?」

 貴女の人を揶揄う時の笑み、あの時のままだ。


 嗚呼、我は赦されたり。


 後ろの屍の山から幾千もの手が伸びる。自分の足を掴む腕を掴む。

 でも、よかった。

 その男は踵を返した。

「我ながらストーカーみたいでキモイな。」の一言と微かな笑みとともに。

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考えたい @kangaetai

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