恋愛が普通じゃなくなった世界で、バレンタインに好きな子にチョコを渡そうとする女の子の話

丸毛鈴

ロスト・テクノロジー、ロスト・ヒストリー、ロスト・ラブ

「2月14日、チョコレート贈りなよ。クオンに」


 レニーが突然、言った。


「なんで?」


わたしは宿題をやっていた手を止めて、ベッドのほうを振り向いた。レニーは黒い肌に黒い瞳をキラッキラに輝かせている。たいそう魅力的だが、こういうときは、たいていロクなことがない。


「2月14日はバレンタイン・デーであり、古来、ニッポンでは、その日、チョコレートを贈ったと言う……」


レニーはわたしのベッドにうつぶせに寝転がって足をパタパタさせ、芝居がかった口調で言った。手元には、タブレット端末。最近、レニーは古い時代のトレンドアーカイブを漁ることにご執心だ。


「バレンタインって、伝統的にはえーっと」


宿題用に開いていた資料を閉じて、わたしも手元のタブレットで検索する。


「聖ウァレンティヌスにあやかった愛の日で、愛する人にバラとかあげる日じゃないの? 昔、恋愛が一般的だったころの求愛行為のひとつ」

「でね、ニッポンではそのバレンタインに贈るのがチョコレートだった。知らないの? テイ、日系なのに?」


わたしはため息をつく。


「ニッポンなんてひいおばあちゃんが住んでた国だよ」

「テイだってこの間、『地球』の授業で『サバンナの植生』って宿題出たとき、あたしのこと頼りにしたでしょ。あたしだってアフリカ大陸なんて知るわけないじゃん」


 口をとがらせたのも一瞬のこと、レニーはベッドから跳ね起きて、ずいっとわたしの目の前にタブレット端末を差し出した。そこには「2月14日はセント・バレンタイン・デイ」「バレンタインにはチョコレートで愛の告白を!」とあった。


もちろん、ひらがなと漢字まじりの文章なんて読めるわけがない。タブレットの翻訳機能が、オーバーレイで標準語訳を表示してくれるからわかること。


「これだけじゃわかんないよ。なんでバレンタインにチョコレートなのさ」

「わたしにだってわかんないよ。でもさ、恋愛するなら、昔の文献のほうが参考になるでしょ。昔の人はみ~んなやってたんだから」


 アーカイブに残っている記事は、その1ページだけ。残りの文章にも、チョコレートを贈る理由は書かれていなかった。ただ、「バレンタインは、一年に一度、女の子から告白できる運命の日♡」という文言が頭に残る。


「なんで年に一回、女性から、チョコレート、なんだろう……」

「昔の人は、慎み深かったんじゃない? だってこの前、『人類生態学』で習ったでしょ」

「『人間は年中発情している。だから、時期を選ばず生殖可能』。だったら逆じゃない?」

「だからこそ、あえて年に一回、しかも求愛を行う性別を限定したの。これは慎み深さってやつだよ」


わたしはそこでハタと思いつく。


「その慎み深さが災いして、少子化が進んだ……? それに抗うため、発情と子孫繁栄の願いを込めて、昔の人はチョコレートを贈って求愛をした! でもそのかいなく、地球環境は変化し、人口は激減し、母星を追われ、わたしたちはその『末の種』として、この船に……」


レニーが額に手を当て、大げさにため息をついた。


「テイ、あたしはそこまで言ってない。いまはクオンに告白するかどうか」

「な、な、なんでその話に戻るの!? レニーが見つけたその記事が、ロスト・ヒストリーを埋める大発見かもしれないんだよ? その大事な仮説だよ? 興奮しないの?」

「しない」


大きな口をイーッと横に引いて、レンは否定の意を表した。


「磁気嵐の事故で歴史の記録、ほとんどなくなっちゃったんだから……。それを埋めるのも、わたしたちの大事なミッションでしょ」


ハーッっとレンがふたたびため息をつく。


「クオンは何かっていえばロスト・テクノロジー。あんたはいつもロスト・ヒストリー。恋愛って似た者同士がすんのかな」


記録がなくなったのは、技術畑も同じこと。いまあるシステムの根幹にあるものが、わたしたちにはわからない。だから、エンジニアの人たちはそれを再構築しようとしている。クオンはそれに誰よりも熱心で――。暇さえあればコントロール室に入り浸り、大人たちに質問しているクオンの横顔は――。


クオンのことを考えると、心臓が速くなる。彼のそばに寄りたい、手を握りたい。これは恋愛で、発情なのだ。恥ずかしい、と思う。果たしてクオンはこんなことを受け入れてくれるだろうか。


「大丈夫だって。先生だって言ってるじゃん。恋愛しちゃっても、恥ずかしいことじゃないって。マッチングの前にちゃんと言いなさいって。テイがそうなるっていうのはびっくりしたけど」

「でも、クオンはどう思うかな……」

「クオンも好きでしょ、古代のロマンだよ、恋愛なんて」

「古代って! 古代っていうのはメソポタミア文明とかあのへんであって……わたしたちが求めているのは、人類が宇宙に出たぐらいの……」

「今は歴史の話をしてるんじゃないんですけど?」

「……別に今じゃなくたって」

「あたしたちもうハイスクールだよ?」


レニーの口調が、急に真剣なものになる。


「卒業したら、どこの区画で働くかわかんないんだよ。そのあとは『鳥の季節』がある。ま、あたしには関係ないけど」


「鳥の季節」。異性愛の自認がある18歳の男女は、AIによるマッチングを受けてペアになり、生殖をする。もちろん、レニーのように同性愛の自認がある場合や、そのほか生殖に抵抗があるケースでは、拒否権がある。「恋愛」相手がいる場合は、事前に申請だってできる。が、申請期日は「両性の合意を得て、マッチング判定日の一年前まで」。

 

「クオンがほかの誰かとペアになってもいいの? 恋愛ってそういうの、嫌なもんなんでしょ」


レニーはトレンドアーカイブ漁りにより、すっかり恋愛マスターになっている。でも、たしかに。


「……いやだな……」


そのまま黙ったわたしの顔を、レニーはのぞきこむ。


「AIマッチングも恋愛も変わらないって。ただくっつき方が違うだけで」

「でも……恋愛だよ? 肉欲っていうか。そういうのってなんだか……」

「昔の人は、みーんなそうやってた。だから、文化の下敷きにもなってるんでしょ。沈む船で男女が恋愛する映画とか。ロスト・ヒストリーへの理解も深まるかもよ?」


レニーがにいっと笑った。


「ロスト・テクノロジー、ロスト・ヒストリー。で、ロスト・ラブ」


上手いこと言って、と思う。でもそれもいいのかもしれない。失われた「恋愛」の復興。それもまたわたしのミッション、なのかも。


「で、チョコレートってどこで手に入る? 資料ではよく見るけど……」


それもまた、ロスト・テクノロジーのひとつなのだ。


「これ、見てみ」


レニーがすばやくタブレットを操作し、ブックマークを開く。わたしはレニーと顔を寄せて、表示された資料を読み上げる。


「太古のチョコレート・ドリンクは、カカオ豆を焙煎し、砕いてすりつぶして……」

「温室にさ、カカオ生えてたじゃん」


わたしは顔をガバっと上げた。


「これ、うまくいったら『チョコレート』が復活する……!?」

「そこ!?」

「カカオ豆わけてもらえるか、交渉しよう!」


あきれ顔のレニーの手を引っ張り、わたしは温室区画へと走り出した。

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恋愛が普通じゃなくなった世界で、バレンタインに好きな子にチョコを渡そうとする女の子の話 丸毛鈴 @suzu_maruke

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