最終章:事の顛末

『茜さん、茜さん』


肩を揺り動かされながら呼びかけられたことで茜は目を覚ました。


『あちゃー、これはさすがにやらかしちゃったなぁ。』そう思いながら目をこすろうとするが、右腕はなぜか動かなかった。まだ寝ぼけた状態でわかるのは、どこかにあおむけで寝ているということだけだった。しばらくすると意識もハッキリとしてきたので、茜は周りを見渡してみると自分は大きなキングサイズのベッドに寝ていた。


『茜さん』


声のする方を見た茜はあまりの驚きと恐怖に心臓が止まりそうになった。


声の主は、林巡査だった。


『やっと目を覚ましましたか。』林巡査はニコニコしながら茜に歩み寄った。『なんでアンタが!どういう事よこれ!』茜は林巡査を威嚇しようと精一杯の声でそう言ったが、なんと茜の手足はロープで繋がれて動けない状態だった。


さらに茜の恐怖を増長させたのは、林巡査の隣で、意識が遠のく前と同じように、紅茶とカステラを楽しむ浩一郎と母親の姿だった。『どういうことよ!』浩一郎に問いただすと、『教えてあげましょうか?』と母親のほうが口火を切った。


『あのね、立花さん。いや、茜さん。隆ちゃんはね、あなたのことが本当に好きだっただけなのよ。その思いを伝えたくて何度もあなたにアプローチして』上品な口調ではあるが、その表情は狂気そのものだった。紅茶を出された時に母親を見たことがある気がした理由がよくわかった。


あの時の林巡査の顔とそっくりだった。


『立派に警察官になって市民の平和を守っている隆ちゃんのほうが、タダの体目当てで近寄ってきた男よりもずーっと安心できるでしょ。ね?そう思わない?フフフフッ』


『でもね・・・あなたが隆ちゃんの愛を受け止めなかったせいで、隆ちゃんはあれからおかしくなっちゃったのよ!子供も作れない体になって!フィギュアだかなんだか分からないけど、一晩中人形と話をしてさ!あんたに何が分かるっていうのさ!え!?大事な隆ちゃんをこんなクズみたいな人間にしやがって!』


今までの母親と同一人物とは思えないその発狂ぶりに、茜は怖気づいていた。


浩一郎が続けた。


『茜さん、ビックリしたでしょう。一応意識があるうちにお伝えしておきます。この前、中華屋で話してくれた昔のストーカー事件。僕はね、ずっと前から知っていましたよ。知っているも何も、兄さんがこんなになってしまったので、母からの言いつけで僕はあなたをここに呼ぶためにあの会社に入ったんです。』浩一郎は顔色一つ変えずに淡々としゃべり続けた。


『要は、兄さんの復讐のために、あなたに近づくために僕はあの会社に入社したんです。あ、そうそう。兄さんは交番勤務の時は結婚してたので苗字は”林”でしたけど、今は旧姓に戻ったので”柊 隆文”っていうんですよ。』


『あなたが昔話をしてくれた時、全部知っているのに知らない振りをするのは大変でしたよ。おかげで麻婆炒飯の味は、ほとんど覚えていないくらいですよ』浩一郎は少しだけフフッと不気味に笑った。


『浩ちゃんは本当に家族思いよね。パパが亡くなってからも、ママの言いつけはちゃんと守ってくれたもんね。今回も隆ちゃんのためだからってママがお願いしたら見事に茜さんを連れてきてくれて』母親は浩一郎の口元についたカステラを指でつまんで自分の口へ運んだ。


『さ、昔話はこの辺にして、僕のフィギュアになってもらいますよ』


林巡査・・・隆文がニタニタしながら茜に近寄ってくる。手に持っていたガムテープで茜の口をふさいだ。茜は必死に抵抗するが、さすがに両手両足が縛られた状態では何もなす術はなかった。


隆文はどこからともなくセーラー服を手に持って、よだれを垂らしながら茜に近づき、茜の体にセーラー服をあてがった。『いやー、似合うと思ったんですよ。茜さんはスタイルがいいですからね。さ、僕が着替えさせてあげますね。アハハハッ!アハハ、アーハハハハハッハッ!!!!!!』血走った目で茜を見つめながら隆文は奇声を上げた。その横で浩一郎と母親は相変わらずカステラをお茶うけに紅茶を啜っていた。


『ギャアアアアアァァァッッ!!!!!やめてぇぇぇぇーーーー!!!!!!!!!・・・・・』


耳をつんざくような茜の叫び声は浩一郎の実家の外まで響いていたが、その後、茜の行方を知っているものは居ない。

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上野駅の掲示板 山村 京二 @yamamura_keiji

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