第10章:ピーチティー
居間へ通されると、やはり茜の思った通りだった。洋風の色調にまとめられた家具は、まるでモデルルームのようにキラキラしていた。テーブルは黒い大理石のような作りになっていて、煌びやかな内装にアクセントになっていた。気になったのは、カーペットと同じくらい重そうなカーテンが全て締め切られていたことだ。今日は雨だから閉めているのかなと思い、それほど気にはならなかった。
『さ、少しお話ししましょ』
その声が聞こえたと同時に、プーンと甘い桃の香りと共に、母親がティーカップとポットを持ってソファーに腰を掛けた。エプロンと眼鏡を外していた母親は意外にも美人に見えた。どこかで見たことがあるような、テレビタレントにいるようなそんな気がする。
『立花さんはお紅茶はお好きかしら?』上品な口調で母親は茜に尋ねた。『ハイ、頂戴します。』と茜は答えながら、ニッコリと微笑んで見せた。先ほど買ってきたカステラも一緒にテーブルに並べられたが、普通のカステラだと思っていたら、クルミが入っているタイプのカステラだった。茜はあまり豆類が好きではないので、ちょっと損した気分になったが、上機嫌でナイフを入れる母親に愛想笑いをするしかなかった。
『広いおうちですね』
牛乳とシュークリームで満足できる茜にとっては、ピーチティーが出てくる雰囲気に、そんな当たり障りのない話しか切り出せなかった。なんでもこのピーチティーはリラックス作用があるらしく、人によっては眠くなってしまうことがあるほど効果があるというのだ。たかが紅茶でそんなはずはないと茜は信じていなかった。
『それで、今日はお夕食も一緒にいかがかしら?』
巻紙をゆらゆらさせながら、母親が茜をまじまじと見つめながら問いかけた。
『いや、さすがに憚られます。お気持ちだけいただいて夕方にはお暇させていただきます。明日、母が自宅に来る予定にもなっていますので。』茜は自分にできる最上級の上品な言葉づかいで答えたつもりだったが、浩一郎も母親も残念そうに顔を見合わせた。
『そうなの?じゃあ、それまでゆっくりしていってね!このお紅茶美味しいでしょ?お代わりどうぞ。』
確かにおいしかったが、紅茶をそんなにガブガブ飲むものではないし、トイレが近くなるのも茜は嫌だと感じていたが、まだ2杯目だったので少し口をつけてカップをテーブルに置いた。
浩一郎の母親が言った通り、少しフワッとした気分になり、体が暖かくなっているような気がした。紅茶にこんな作用があるなんてすごいなと思っていると、浩一郎と母親の声がだんだんと遠くなっていくような気がした。まるで暖かい昼下がりに公園でランチを食べた後のような気持のいい感覚に襲われて、茜はフッと意識が遠のいて眠ってしまった。
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