譲の気持ち
もしかしたら今日、なにかしらのお迎えがくるのではないだろうか。天使とか死神とか、なんかそういうの。
フラれつづけて十余年。まさかこんな日がこようとは。
その手には
特売の板チョコでもドラッグストアのチョコバーでもない。バレンタイン仕様のトリュフチョコである。
入試まっただなかだというのに、わざわざつくって届けてくれたのだ。それだけで昇天してしまいそうになった。
そえられた言葉は『たぶん好き』という心もとないものだったけれど。
——しかたないじゃない。ずっと年下なんてありえないって思ってたし、今もユズならありかもしれないなってレベルなんだから!
なんて、ちょっと逆ギレしていたけれど。
『ユズならあり』
こんなにうれしい言葉はない。が、後半に『かもしれない』がくっついていたのがちょっぴり残念である。
ひとまずその『かもしれない』をとってもらうのを目標にしようか。
この気持ちが恋なのかよくわからないのだと、だからまだつきあうとかつきあわないとか、そういうところまでは考えられないのだと、やっぱりちょっとプリプリしていた茜がなんだかとっても『女の子』で、譲はいたく感動してしまった。
なぜなら、茜は譲に対していつだって『姉の顔』をしていたから。
十年以上想いつづけたのだ。こんなのもう待つうちに入らない。
というか、わからないならわかってもらえるようにすればいい。
まずはホワイトデーを口実にデートに誘おうか。
きっと茜なら早々に合格をきめるだろうし。
しかしどうしよう。
譲は茜のトリュフチョコをまじまじと見つめる。
食べたいけど食べたくない。できることならずっと飾っておきたい。
箱のなかに鎮座しているチョコは六個。一日一個なら六日間。
だがしかし、生クリームがつかわれている手づくりのトリュフチョコは日持ちしないらしい。茜には二、三日中に食べてといわれている。
悩ましい。
とりあえずパシャパシャとあらゆる角度からスマホのカメラにおさめていく。
ひとしきり写真を撮ってふっと息をついた。
ちょっと落ちつこう。
たとえばこのまま食べずにいて、もしほんとうにお迎えがきたら——
きっと化けて出るくらいに悔やむ自信がある。
よし——と、譲は意を決して一個、口のなかにお迎えした。
これは……ヤバい。
すごく、すごく、ものすごーく譲好みの甘さが口いっぱいに広がっていく。
やっぱり今日、なにかしらのお迎えがくるのではないだろうか。
泣ける。しあわせすぎて泣ける。
高校一年生の二月十四日。
譲にとって今日は、きっと生涯忘れられない、はじまりのバレンタインになるだろう。
ちなみにこのあとも、死神や天使が譲のもとを訪れることはなく、一日に二個ずつ、三日かけて大事に大事に味わった。
(おしまい)
はじまりのバレンタイン 野森ちえこ @nono_chie
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