はじまりのバレンタイン
野森ちえこ
茜の気持ち
定番であるハート型のチョコレート。
ひと粒いくらの高級チョコレート。
遊び心満載の動物型チョコレート。
それからミントにミルクにイチゴにオレンジ——と、カラフルにコーティングされている、宝石みたいなチョコレート。
「ふむ……」
バレンタインの特設売り場で
どうもピンとくるものがない。
二歳下の幼なじみ、
茜と譲の母親が中学時代からの親友だということで、今日までずっと家族ぐるみのつきあいをしているのだが、譲の家は市外にあるため、幼稚園から中学までふたりがおなじ学校にかようことはなかった。
だからこそ、高校はどうしても茜とおなじところに行きたいと猛勉強したらしい。
これまで、譲にチョコをあげた年もあればあげなかった年もある。
なにか基準があったわけではなく、完全に気まぐれだった。
譲の両親が雰囲気のいい喫茶店をやっているため、お店に遊びに行くついでに気が向けば友チョコだったり義理チョコだったりを渡していたくらいだ。
ちなみに、市外といっても電車で二十分もかからないし、駅周辺は商業施設がいろいろ充実しているので、月に一、二度は出かけている。まあ、譲の住居兼店舗である喫茶店までは駅からさらに二十分ほど歩かなくてはならないのだけど。
親に連れられて幼いころから何度も行っていたせいか、慣れ親しんだ身内のうちに遊びに行くような気安さがある。
なんにしろ、べつに悩む理由などないはずなのだ。チョコなんて、いつもみたいに渡しても渡さなくてもかまわない。
というか、受験生である茜にとっては入試まっただなかでもあるわけで、ほんとうはバレンタインごときに頭を悩ませている場合ではないのである。
なぜ今年にかぎって——と思うが、その自問の白々しさにもじつのところ気がついてしまっている。
意識しているのだ。譲のことを。
気のやさしい弟分としか思っていなかったのに。
年下なんて絶対ありえないと思ってきたのに。
茜はいま、誤魔化しようがないほどに譲を意識してしまっている。
この二年ほどで急におおきくなって、骨格とかもなんか急に男っぽくなったりして。
そして、おなじ学校にかようようになって知ったのは、譲が案外モテるということだ。
譲のくせに生意気な。
そうは思うものの、物腰がやわらかくて気配りができて、見た目だって悪くない。
客観的に見れば、なるほどと納得せざるをえない。
彼に好意を持つ女子から敵意を向けられるのは正直いい迷惑なのだが、あの譲が——と、新鮮な驚きでもあった。
しかしどうしよう。
ふだんのようすからして、おそらく譲のもとにはたくさんのチョコが届くはずだ。
中学生のときはどうだったんだろう? 小学生のときは?
バレンタイン用じゃない、ただのチョコバーをあげてもすこぶるよろこんでいた譲のバレンタイン事情なんて、今まで考えたこともなかった。
——そう。よろこぶ。よろこんでくれるのだ。譲は。
むかしから、茜がなにを渡しても宝物みたいに大切に受けとってくれる。
そんな譲から何度も告白されて、ふるのはいつも茜のほうだった。
はじめて告白されたのは、たしか小学校一年生か二年生のときだ。秒でふった記憶がある。
それから十年以上。ことあるごとに譲は茜に好意を伝えつづけている。あらためて考えるとすごいことだ。
けれど、今までがそうだったからといって、これからもそうだとはかぎらない。
譲のことが好きな女の子はたくさんいるし、譲だっていつか茜より好きになれる女の子ができるかもしれない。
そう考えたら、チクリと胸に痛みが走った。
散々ふっといて我ながら勝手なものだ。
この気持ちを恋と呼んでいいのか、正直よくわからない。
急に男っぽくなった幼なじみに戸惑っているだけなのかもしれない。
それでも、このままなにもしないのはイヤだった。
——つくるか。
ビターでは苦すぎる。ミルクでは甘すぎる。譲の舌にフィットする市販のチョコレートはじつのところあまりない。
幼なじみというアドバンテージをいかすとすれば、そんなこまかな味の好みまで把握しているということくらいだ。
譲との関係を自分から動かすのはちょっと怖いような気もするけれど。
高校生活最後のバレンタイン。きっと今がそのタイミングなのだろうと思う。
そうと決まれば、用があるのはここじゃない。
茜はバレンタインギフトのコーナーを離れ、製菓コーナーへとまっすぐに移動した。
(つづく)
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