第52話
痛いほどの静寂が室内を支配する。目を開いても視界は暗いまま。ようやく目が慣れてくると高い天井だけが視界を占有する。
翔平は周囲を確認しようと身体を動かそうとすると全身が痛んだ。
痛みの余韻を耐え忍んでいると少しずつ記憶が蘇ってくる。
(お山が燃えた)
はっきりとそれだけは思い出せる。だがその前後の記憶は混濁している。鳥小屋、かっちゃん、カラスの掛け軸。夏休み以降の記憶が圧縮されて一晩の記憶に改変されている。ありえないことはわかっているが敢えて記憶を整理する気力はなかった。お山に火を放ったのは自分であるという罪悪感でいっぱいだった。
お山が燃えて以降の記憶はほとんど無かった。ただまだ自分が生きていることと全身の痛み、そして顔の半分を占めている酸素マスクでどうなったかの想像は容易にできた。
肉体も精神も疲労を極めている翔平は何度も気を失うように眠り、そして短い時間でまた目を覚ます。その度に現状の認識と混乱した記憶を覗きこむ行為を繰り返した。
何度目の目覚めか、初めて「あれからどれだけ時間が経ったのか」を疑問に感じた。闇の中でもベッド横の機材が発する僅かな光がある。室内に掛かってる時計を凝視すると今が6時半であることはわかった。だが何日の午前なのか午後なのかはわからない。
恐る恐るマスクを外す。外した瞬間息が出来なくなる不安に駆られたが杞憂に終わった。自力で呼吸をすると自分の身体から煤の匂いがする。
曖昧なまま恐怖の記憶がよみがえり思わずえずく。
口内に不快な酸味が広がる。
ベッドからゆっくりと足を下ろす。床の感触が足裏に伝わると同時に膝や腿に鈍い痛みが走る。次いで脇腹、肩、肘と身体のあちこちで鈍痛がする。
それでも動けないほどではない。
翔平は病室の窓へと向かう。そうしないといけないような気がしたからだ。
ひたひたと硬質な床を裸足で歩く。ひんやりとした感触が足裏に伝わる。室内は乾燥しており少し肌寒い。心臓の鼓動が早まる。
今更何を恐れているのだろうか、自分でもわからない。あの山火事以上の恐怖が窓の外に広がっているはずがないのだ。
遮光性の強いカーテンは外の世界を断絶させている。
カーテンを掴むと呼吸を整える。
「時間を確認したいだけ……」
そう自分に言い聞かせながら勢い良くカーテンを開く。
「あ、あ……」
病室の目の前には街路樹。高さからすると翔平のいる部屋は二階だろう。
街路樹の枝にはみっしりと隙間がないほどのカラス。
「なんで……」
数え切れないほどの赤い目がこちらを凝視している。
「うわあああああああ」
この日粟坂村は大きな被害を受けた。カラスの呪い、そして燃え盛る火炎によって。
月夜烏は火に祟る。
月夜烏は火に祟る 杠明 @akira-yuzuriha
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