第3話

 用事にかこつけて呼んだトモカワと人目につかない場所で二人はいた。手が震え、眉間に汗が一つ落ちる。声帯からは息のみがでる。早くしないと、用事がないと察したトモカワが帰ってしまう。まだ出ない、考えを巡らせるほど息さえも詰まっていく。

 用事がないことを察したトモカワは

「用事がないなら帰るから。」

と息が浅くなっていくのを気にすることなく、踵を返して戻ろうとしたとき

「待って」

咄嗟に出た。

「何、用事なら早く言ってくんない。てか肩掴むのやめてほしいんだけど。」

言葉よりも先に体が動いていたらしい。体の節が一つひとつ動くのを感じながら距離を置いて

「僕と付き合ってください」

「なんで?」

「え」

「なんであんたと付き合わなきゃいけないの。そもそも接点もないし別に私じゃなくてもいいでしょ。こんな陰気臭い女ならすぐに付き合えるって魂胆が見え透いてるのよ。本当に私じゃなきゃいけない理由なんて別にないんでしょ。」

「それは......あなたの雰囲気とか立ち振る舞いとか......」

「別にお世辞で言える程度の内容の範疇でしか言えないじゃない。残念でした。あんたが思ってるほど、馬鹿じゃないの。」

「......アシ......」

「は?何が?」

「アシが好きです......あなたのそのアシが特に好きなんです......」

「ふざけてんの」

「ふざけてないです。そのきれいな曲線を帯びたシルエットとか、その大きな足とかそういうところが好きなんです。ずっと見ていても飽きないそのアシが好きなんです。叶うことなら触りたい。」

 前田翔にとってそのような話題は公衆の面前で話すには憚られるが、かといって特別タブーとして見られるものでもないと思っているし、それが一般の感覚だと信じてやまなかった。悪ふざけでも自暴自棄になったわけでもない発言。考え抜いた末にトモカワが振り返ってくれるであろうと思って発した言葉だった。

「ほんとに何言ってんの。どうにもならないからウケだけでも狙おうってわけ?それとも本心からそう言ってんのか知らないけど。どちらにせよあんたとは付き合うつもりはない。これが答え。あと、誰とこんなこと企んだのかはいてもらうわよ。」

「誰もいないよ......嘘でもなく、本当に告白しようとしただけなんだよ......」

「だとしたら、傑作ね。クラスで人望が厚くて、真面目ちゃんなあんたがこんな変態だなんてみんなどう思うのかしらね。まあ、私が言ったところで誰も信じはしないだろうし、結果的にあんたを喜ばすことになりそうだから、黙っといてあげる。二度とこんなんことで呼び出すんじゃないわよ。」

 断られたこと以降の言葉の処理を脳が拒んで何も入ってこない。断られたという事実さえも咀嚼を必要とした。しばらく立ちすくんだ後、その現実を受け止め切れて、その後にこのことをクラスに広められたらどうしようという杞憂がおこった。もしトモカワに告白したことを揶揄われたらどうしよう、彼女の魅力を理解していないのが、あんなのが好きなのかと言ってきたら、勝機を保てる自身はない。

 また、呼吸が浅くなってきたので少し落ち着けてからクラス席へ戻った。その後の競技はなにも集中してみることができなかった。結局体育会は何事もなく終わりその日は何事もなく帰ることができた。

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不完全変態の変態 月下美花 @marutsuki

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