第2話
前田翔は周りが競技に興味をなくしてきた時もずっと集中して観ていた。入場してきた時から退場して選手が群衆に紛れるときまで、皆が競技に熱中している時もそうでない時も変わらず熱い視線を送り続けた。そして今もその興奮は冷めるところを知らない。順位はどうでもよい、ただひたすらにアシの動き、それは右足を出し左足を出しまた右足をという眼前の運動だけではない、骨を取り囲む筋肉が収縮しまた伸びるそのたびに体は熱を帯びる頭の中での運動、それらを注視していた。
また、彼のアシに対する執着は男女どちらかに偏るところではない。男は足の方がよく女は脚の方がよいというそれぞれに魅力がある。男の大きな足では五つの指が地をしばし握って走り出しそのあとの盛り上がった土は置き去りにした人物のたくましさをより感じられる。一方、女の脚では腰から膝までにかけて急勾配を作っており、妖艶さと山や丘などを想起させ一つの神秘を発見するに至るものだ。これは、ある種の方といういえるもので前者と後者が何対何である、という程度のものであり、十人十色のアシを持っているというのがどちらかに限定しない一番の理由だった。
しばらくして、興奮が静かになると同時に緊張がその席を埋め始めた。自分は今日はじめて告白というもの行う、その緊張で埋め尽くされ最初に見た時を思い出させた。その立ち振る舞い一つ一つの動きがよどむところがないにもかかわらずその美しさを感ぜられる清流のような方だというのが第一に思ったことだった。
そのあとの所感を述べるにあたって、この前田翔の人柄というものに触れておきたい。彼はある時に聞けば面白いやつ、またある時に聞けばおちゃらけているやつ、また別の時にはちゃんとしたやつと返ってくるが正直でいいやつという意見は一貫して出てくるといった人物である。クラスでの彼はいつも絡んでいる人数は少ないが義理堅く誰にでも分け隔てなく関わり、様々頼まれごとをし彼が困っていたら皆助けてくれるといった立ち位置にいることから、気を使った評判ではないのだろう。彼はトモカワという女子生徒が好きになった。彼女との関係は頼まれごとの関係でいくつか話した程度であり、向こうも同じクラスの人としか認識していない。用事を口実に積極的に話しかけられなかったのはそれが終わってしまえばそそくさと自分の席に戻り、読みかけの本に目を落としてしまうから。たとえ用事であろうとその状態に話しかけると露骨に不機嫌になる、好きな人には嫌われたくない心理は自然ならばそれ以上行動できないのもまた自然。
言うまでもないが、トモカワは陰気であった。それにもかかわらずあのような立ち振る舞いができることがより魅了させた。自分の感性や生き方に絶対的な自信を持っていることが見て取れる。陰気でありながらこのような自信を持つ人ははじめてで今も他に知るところがない。
アシについても感じるところがある。それはちょうど男性的でもあり女性的でもあるというアシを持っていた。中性的とは異なる男でもあり女でもあるとしえるそんなアシである。このようなアシは他にも見たことはあるが多いものではない、ここについてはどちらかというと収集家的な欲望が煽られた。
トモカワについて翔は外の情報とそこから類推する情報しかもっていないが告白する以外の選択をせざるを得なかった。
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