第32話 線香花火

 茶々やお初だけではない。

 虎松も亜蓮にとって大切な子供である。

「わひゃ♪」

 爽快感に虎松は、目を細める。

 場所は、お風呂。

 現在、虎松は亜蓮に頭を洗われている最中だ。

かゆい所無いか?」

「はい、無いです♪」

「なら、良かった」

 後世、《井伊の赤鬼》と呼ばれる猛将も、今はただの可愛い子供だ。

 亜蓮は虎松の実父・直親の代わりに彼を子育てしていた。

「後でお返しに義父上の頭、洗ってあげますね?」

「ありがとう」

 浴槽には、直虎が肩まで浸かっている。

「……」

 自分の息子を夫が、血が繋がっていないにもかかわらず、実子のように接している為、この光景を見るだけで胸がいっぱいだ。

 頭を洗われながら、虎松が言う。

義父上ちちうえ~」

「うん?」

「早く養母上ははうえを妊娠させて下さいよ」

「え゛」

 感動が一転、固まる直虎。

「弟か妹が欲しい?」

「はい」

 虎松(=直政)には、史実ではあまり知られないが、異母姉兄いぼきょうだいが居る。

 異母姉いぼし(*1)は、高瀬姫たかせひめ(? ~1634)。

 異母兄いぼけい(*2)は、吉直よしなお(? ~?)。

 高瀬姫と吉直の母は、父・直親が松源寺しょうげんじ(現・長野県下伊那郡高森町)で匿われている際に関係を持った嶋田村(現・飯田市)代官・塩澤氏の娘という説がある(*1)。

 一方、虎松の母は二通りの説があり、一つは、井伊家分家の実力者・奥山朝利おくやまともとし(? ~1561/1563)の娘・ひよ(? ~1585)説。

 もう一つは、奥山親朝の娘(=奥山朝利の妹)説だ(*3)。

 戦国時代は令和の現在と違い、武士の社会では、一夫多妻が一般的なので、異母きょうだいは、よくある話である。

「……そうか」

 亜蓮は、考える。

 虎松の実父・直親は戦死しており、実母のひよは、出家中の身で関係は遠い。

 その為、血縁者は近場に居らず、事実上、孤独である。

 なので、自分に近い家族を欲しているのだろう。

「子供ねぇ」

 こればかりは、直虎と話し合う必要がある為、1人では決められない。

 もっとも、避妊をしていないので、近い将来、直虎が妊娠する可能性もあるのだが。

 兎にも角にも、家族間での話し合いは、必要不可欠だろう。

「虎松的には、どっちが欲しい? 弟と妹」

「どちらでも構いませんよ。どちらでも可愛がる自信があります故」

 ふんす、と虎松は鼻息を荒くする。

 亜蓮が日常的に茶々とお初の世話をしている為、幼いながらに父性ふせいが芽生えているのかもしれない。

 余談だが、年齢的に姉妹は虎松の妹になる訳だが、家格が違う分、本人としては妹としてはなく「年下の姉」と見ていた。

 複雑な家庭環境になるが、亜蓮が2人と結婚した以上、このような関係性になってしまった為、仕方がない。

「良いけど、お市との話し合いもあるから、すぐには決められないな」

「お市様との間に子供ができる予定でも?」

「多分ね」

 浅井家三姉妹の内、姉妹が誕生しており、残りはお江だけ。

 しかし、長政が死んでいる為、生まれた場合、お江の父親は亜蓮になるだろう。

「その時は自分にも紹介して下さいね。大事な弟妹ていまいになるので」

「ああ。分かったよ」

 頷いた後、亜蓮は愛妻を見る。

「じゃあ、直虎。子作り頑張ろうか?」

「は、はい」

 直虎は、経産婦けいさんぷではない。

 その為、今後、妊娠した時が初産になるだろう。

 それを意識した途端、直虎は緊張してしまう。

「あ、あの……若殿」

「うん?」

「その……よろしくお願いします」

「改めてよろしくね。直虎」

「はい♡」

 笑顔で言われ、直虎は微笑み返すのであった。


 お風呂上り。

 お市も加わり、4人は共に過ごす。

 食事後、少し早い時間帯だが、就寝することになった。

 部屋の中央にお市と亜蓮が、その左右に虎松と直虎が陣取る。

 亜蓮は正室と側室に挟まれた形だ。

「貴方♡」

「市、可愛いよ」

 耳元で囁かれ、お市は顔を真っ赤にしていく。

 体を重ねた関係であっても、お市はまだまだ恥ずかしがり屋のようだ。

 彼女だけではない。

 直虎にも抱き着く。

「直虎~♡」

「もう若殿たら♡」

 まさに両手に花だ。

 養母と義母の幸せそうな笑顔を見て、虎松も嬉しくなる。

養母上ははうえもお市様も、天下一の幸せ者ですね?」

「そうだね」

「虎松もいずれは、良い女性を見付けるのよ?」

「はい♪」

 虎松が頷いた時、縁側に繋がる障子が開く。

 犯人は浮舟で、その手には線香花火が握られていた。

「旦那様、花火、どうですか?」

「あー、気持ちはありがたいけど、眠いからまたの機会で」

「そうですか」

 残念そうに俯く浮舟。

「申し訳御座いません。家族団欒かぞくだんらん中にお邪魔しまして」

 遅れて右近がやってきて、謝った。

 亜蓮は笑顔で返す。

「大丈夫だよ。侍女で集まって花火中?」

「はい。結構、綺麗なので盛り上がっていますよ」

「そうなんだ」

 愛妻2人を抱き締めたまま、亜蓮は起き上がり、縁側の方を見る。

 そこでは、

・桐

・藤

あおい

・明石

空蝉うつせみ

夕顔ゆうがお

おぼろ

大宮おおみや

 が集まり、線香花火で遊んでいた。

「火事には気をつけてな?」

「はい。浮舟、行くよ」

「ううん」

 どうしても亜蓮と一緒にしたかったようで、浮舟は不服そうだ。

 そこで虎松が挙手する。

義父上ちちうえ義父上ちちうえ名代みょうだいとして行っていいですか?」

「いいよ。ただ、夜更かしはするなよ?」

「分かっています」

 令和5(2023)年に厚生労働省が発表した新睡眠指針案の『子供版』では、年齢別で睡眠時間が細かく推奨されている。

 それによれば、

 1~2歳児:11~14時間

 3~5歳児:10~13時間

 小学生 :9~12時間

 中高校生:8~12時間

 もの睡眠時間が必要とされている。

 これらの年代の子供は、発育に関係する以上、多くの睡眠時間が必要なのだ。

 亜蓮はそれにのっとり、子供たちに相応の睡眠時間を推奨している。

 指針案を遵守じゅんしゅすれば、虎松の場合は、最長時間12時間、最短でも9時間必要と言った所か。

 虎松だけでない。

 幼い侍女や元服前の武士の子供たちにも、沢山の睡眠時間を推奨している。

 日々争いが絶えない戦国時代において、多くの睡眠時間を確保するのは難しい側面もあるが。

 発育には、切っても切れない為、亜蓮は睡眠を重要視しているのである。

 亜蓮の名代として虎松の参加は、侍女軍団を大いに盛り上がらせた。

 侍女の中で最年少の桐が、大声を出す。

「よ! 次期一騎当千!」

「えへへへ♪」

 虎松は頭を掻きながら、線香花火を持った。

「……」

「貴方?」

「ああ、何でも無い」

 愛息あいそくが遊ぶ姿に、亜蓮はあることを考えていた。

「若殿、何か妙案みょうあんでも?」

「そうだね。明日、ちょっと信長様に相談してみるよ」

 神宮家の方針の一つが、

・報告

・連絡

・相談

 の所謂いわゆる、『報連相ほうれんそう』である。

 権力者ではない為、物事を進める際には、逐一ちくいち上のお伺いをたてなければらない。

 それが1番の諍いトラブル対策になるだろう。

「明日、楽しみにしておきます」

「私も」

 2人は笑顔で言うと、亜蓮の頬に左右から接吻する。

「ありがとう♪」

 亜蓮は表情を崩し、破顔一笑はがんいっしょうになるのであった。

 

[参考文献・出典]

*1:楠戸義昭『女城主・井伊直虎』PHP研究所 2016年

*2:Wikipedia

*3:編・三上参次『寛政重修諸家譜 第4集』国民図書

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戦国日本ハーレム統一記 パンジャンドラム @manjimaru

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