変成龍女

高麗楼*鶏林書笈

第1話

 唐のある港町に善妙という娘が住んでいた。

 ある日、いつものように港に出掛けて行くと、ちょうど新羅からの船が到着していた。

 何気なく、下船する人々を見ていると秀麗な青年僧の姿があった。

「何て素敵なお坊さまなのだろう」

 善妙は一目で彼のこと気に入ってしまった。近付いて声を掛けようと思ったが、青年僧は多くの人々と共に去ってしまった。

「どこのお寺にいらっしゃるのだろうか」

 善妙は彼の消息を知りたかったが、その手段はなかった。

 ただ、朝晩に

「お坊さまにもう一度会えますように」

と仏さまにお祈りするのだった。

 ある日、彼女の屋敷に托鉢僧がやって来た。

 お布施を持って善妙が門のところに来ると、目の前にあの青年僧が立っていた。

 善妙が、お布施を渡しながら、自身の胸の内を語った。

 話を全て聞き終えた僧は

「私は出家の身ゆえ、あなたの思いに応えられない。こうした思いを仏さまに捧げように」

と優しく諭した。

 善妙は頷くと

「せめてお名前だけでも教えて頂けませんか」

と訊ねた。

「義湘と申します」

 僧は名乗ると合掌をしてその場を去った。

 その後、善妙は義湘が新羅出身で唐には留学に来ていることを知った。

 彼女は留学中の義湘を密かに支援した。

 やがて、留学期間も終わり、義湘は祖国に帰ることになった。

 善妙は、彼に贈るため多くの仏具を整えて、港へと向かった。

 彼女が着いた時には、船は既に発ってしまった。

 善妙は仏具の入った箱を海に投げ入れると、自身も身を投げた。

 すると彼女の身は龍に変わり、義湘の乗っている船に向かって泳いでいった。すぐに追いつくと、龍は船の下に潜り込み、背に乗せた。

 龍の背に乗った船は、海路を順調に進んでいった。

 船は予定よりも早く新羅に着き、その間、悪天候にも遭わず、穏やかな旅路だった。

 その後、義湘は新羅を代表する僧侶の一人となり、仏教の普及に貢献したのだった。


「華厳宗祖師のお話は如何でしたが?」

 明恵上人は、周囲に集まった尼僧たちに話し掛けた。

 彼女たちは戦乱によって家族を亡くし、寄る辺を失くした女性たちだった。

「祖師さまは、善妙さまという女性に支えられたのですね」

 一人の尼僧が感動したように言うと

「そうですよ、皆さんは仏さまをお支えしているのですよ」

と上人は優しい口調で答えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

変成龍女 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ