上海を舞台にした哀愁漂う物語を多く書いておられる吾妻さんの短編です。
主人公はもともとは上海の人ではなく、北平(今の北京)の名家の令嬢です。
彼女が15歳のとき、婚約者、というよりは婚約していた家門から破談を告げられるところから物語は始まります。
そのときの彼女の心情の描写、また上海に行くことになった経緯……それらは決して長く語られているわけではないのですが、だからこそ逆に想像が膨らみ、引き込まれます。
想像が膨らむ、といえばこの物語のラストがまさにそうなのです。
人物や時代の空気をしっかり描いておいて、その続きがどうなるのかを託される。
気怠く頽廃感な美の中にスリリングなものがある、魅力的な作品です。
のっけから繰り出される、
家と家との紐帯としての結婚。
それを当然のこととして受け入れていた
人間に、唐突に突き付けられる「当然でないこと」。
名家の没落。
この主人公は自分の意思で歩めただけ幸せなのかな、
とは思いましたが、
いやいやぜんぜん幸せじゃねーわ。
十九世紀末~二十一世紀における
経済サイクルの回転スピードは、
指数関数的に上がっていた、と言います。
なら、清と民国との狭間の時、
どれだけの栄枯盛衰があったんでしょうね。
鄭嬢と羅氏の再会には、幸福の気配はありません。
あってほしいな、とは願うのだけれど、
それを決めるのは、残念ながら当事者ですらない。
気付けば時代に振り落とされ、
それでも何とかしがみついてきた者に、
時代の波に見事乗りおおせたお坊ちゃんは、
どのように映るんでしょうね。
錦鯉は、他の鯉との間にいさかいを起さない、
とは言いますけれども。