魔界の王子は気が利かない

文壱文(ふーみん)

王女が死んだ!

 目の前に巨大な扉がある。

 扉の装飾は禍々しく、おとぎ話でよくある閻魔大王の扉に似ていた。

 私は死んでしまったのだろうか──。

 確かに魔法実験で音速を飛行していたけれど、壁にぶつかった覚えはない。強いて言うなら豆腐の塊に頭を突っ込んだくらいなのに、どうして目の前に扉が見えるんだろう。


「魂番号441957番、リールスタ=ウルドーラ! 入ってください!!」

「は、はい!」


 突然に名前を呼ばれて背筋が粟立つ。でもどうしてだろう、心の温まる声だ。

 入れと言われたなら、入ってみるほかない。

 両手で扉を押して、いざ部屋の中へ。


 何とも広い部屋。天井の高さを含めて私の寝室の三倍くらいはあるわね。目の前にはまたしても大きな扉と、その横にスーツ姿の男性の姿があった。


「貴女は魔法実験で飛行中に亡くなられました」

「え、嘘……!?」


 嘘よね?

 視線で聞き返しても、宰相さんは首を横に振る。


「ええっ、豆腐に直撃して死んだっていうのぉぉぉぉぉ!?」

「そうなりますね。お悔やみ申し上げます」


 宰相さんは頭を下げる。まさか魔法の実験中に死んじゃうなんて──本望だわ。


「あまり残念がられないのですね」

「魔法ぐらいしか、娯楽がありませんでしたからね」


 王女として育てられた私は一日中ずっと座学座学ザガクZAGAKU。退屈もいいところよ!

 それなら死んだ先で楽しいことを見つけた方がいいに決まっているわ。


「そうですか。それでは閻魔様に謁見をして来てください」

「わかりましたわ」


 ドアを開けて、閻魔大王に顔合わせする。


「良く来たな、迷える魂よ」


 閻魔大王はなんと言うか、大きかった。身体の大きさも低い声も、全てが大きい。跪く私に目を合わせて、閻魔大王は口を開いた。


「リールスタ=ウルドーラ。お前の魂を浄化する。もちろん記憶を含め、真っさらの状態にこれからさせてもらう」


 それって魔法の知識諸共全て失うってこと!?

 冗談じゃないわ! 知識全て失うくらいならいっそのこと逃げ出してやる。


「……をすべて捨てろって言うの?」

「は?」

「だから、私の魔法知識すべて捨てろって言うの!? 冗談じゃない。それなら私は!」


 手をかざして脳裏に魔法陣を描く。思い描くのは燃え盛る炎。巨大な火球──。


「え……? そんな」

「残念だが、お前は命を落とした身だ。死者は魔法を使えない」


 嗚呼、閻魔様に逆らってしまった。このままだと魂が浄化されるどころか消滅してしまう。次生まれ変わるなら、もう少し魔法実験のできる世界が良いな。


「っ……!?」


 斧を高く上げ、そして振り下ろす。

 私は思わず目をぎゅっと瞑ってしまった。


 ──ガキンッ!


 斬撃はやって来なかった。

 鋼と鋼のぶつかり合う音がする。恐る恐る目を開けば、目の前には私と同じくらいの男の子。手先に視線を向ければ、刀一本で閻魔様の重たい一撃を押し返していた。


 この子は何者なの!?

 疑問が疑問が、脳内を支配する。


「父さん、オレはもう嫌だ! この子と一緒に逃げ出してやる!!」

「は?」


 ……は?

 待って、どういうこと? これから私は攫われてしまうの?

 そもそもこの子どこの誰よ!? 今、閻魔様を父さん呼ばわりした!?

 私の疑問は尽きないまま、少年は魔法陣を空に展開した。魔法陣の中から紫色の靄が漂い始め、次第に謁見の間が靄で包まれる。


 ──ガシッ!

 痛い。指がめり込んでいる。痛い。


 私の肩を徐ろに掴んでコイツは言った。


「俺は逃げるからな。追いかけられるものなら追いかけてみろよ」

「痛い! 離してよ! って、待って、待ってよ! 私、そんなの聞いてな──」

「じゃあな、父さん!!」

「許さぁぁぁぁぁん!」


 視界、暗転。

 最後に閻魔様の怒鳴り声が聞こえた気がするけど、それはきっと気の所為──な訳ないでしょう!


 どーすんのよこの状況!!


「貴方、自分が何をやったか分かっているの!?」

「死者のくせに他人の心配するなんて優しいな、お前」

「は?」


 待って、落ち着いて。落ち着くのよ私。

 今、コイツは何を言った? 何故私を口説いてきた?


「いやー、助かったよ。オレが次期閻魔大王だからといって仕事を延々と見学させられるんだからな。どうにか切り抜けることができたぜ! ありがとな!!」


 ──私の聞き間違いだったぁぁぁ!!


「ん? なんだ? ……頭痛いのか?」

「違うわよ!」


 はぁ。もう、訳が分からない。

 何なのこの人。魔法は使えてるし、行動意味不明だし。

 頭が痛い!!


「あ、もしかしてトイレとか?」

「馬鹿ぁぁぁぁぁ!!」


 死者はトイレ行かないし、話の脈絡も無いし、おまけにデリカシーも無い。もう、本当に何なの。

 疲れるわ。これなら魂が浄化された方が良かったかな。

 いや、既に浄化してはくれない状況だった。


 ──嗚呼、頭痛い!!


「どうして私ごと連れて来たの!? 馬鹿なのっ!?」

「いや、だって逃げ出すやらなにやら言ってなかったか? だから逃げるついでだ」


 そうだったのね。あれ、でもそれならどうして私を助けたのだろう? ついでに私を助けたみたいなことを言っていたけれど。

 私の疑問は尽きない。


「ねぇ、ここはどこなの?」

「ここは閻魔の国だ。城下外だな。で、さっきまでいたのが閻魔の城。何を隠そうオレはここの王子、アルトだ」

「アルト……貴方はどうして魔法使えるの?」

「オレたちは死者を新天地に送ることが使命だからな。魔法が使えなきゃ話にならない」

「違っ、そうじゃなくて! ここは、死んだ者たちの国なんでしょう? どうして魔法が使えているの?」

「……アレは魔法じゃない、陣を描いていただろう? あれは魔術だ」


 魔術? 陣を空中に描いていたけれど、あれはそんな理由だったのね。


「外がなにやら騒がしいな」


 突然、アルトは口を開いた。確かに沢山の足音が聞こえる。ドドド、という音はこちらへ近づいているようで、


「もしかして貴方を追いかけているんじゃ……」

「なに、いつものことだよ。逃げるぞお姫様」


 は、はぁぁぁぁぁぁあああ!?

 なぁにしれっと大事な事を話しているのよ!? 私、聞いていないんだけど!


「って、私はお姫様じゃなくてリールスタよ!」


 ──ガシッ!

 痛いわよ。


「舌噛まないよう口は閉じてろよ! 逃げるぞリールスタ」

「うわ──ッ!」


 私を軽々と担ぎ上げて逃げている。今、どんな姿勢で担がれているのか、もうどうでも良くなってしまった。たとえ下着が見えていようが、もう疲れて気力がない。

 後ろから衛兵が迫るのが見えている。中には後ろで弓矢を構える兵士もいた。


「弓! 弓が、矢が飛んでくるわよ! 避けて!!」

「大丈夫だよ、っと!」


 足元が白く光り、魔術陣が出現する。魔術陣の上にアルトは飛び乗り、空高く跳躍した。


 ──うわぁぁぁぁあああ! い、息ができない!

 アルトは屋根の上を走っている。それにしても早い。傍から見たらお姫様を攫う王子様、みたいに見えなくもないんだろうけど……。

 普通に嫌だ。


「も、もうやめて! お腹が苦しい! 止まってよッ!!」

「やだね。オレはお前を連れて、今度こそ国を出る!」

「は、はぁぁぁ!?」


 本気で言ってたの……?

 というよりも、閻魔の国ってことは国の外は何も無いんじゃないの!?

 最悪、魂ごとすべて塵になるんじゃないかな。


「殿下! 止まって下され!! 殿下のお父上の命令ですぞ、どうしてそこまでして逃げ出したいのですか!」


 あら、立ち止まったわ。


「ん? なぜならオレは退屈が嫌いだ。だからこの国でのうのうと生きていたくないんだよ。全員が城勤めとかどうなってんだこの国」


 え、全員城勤め……? それは大変そうね。

 そう言いながらアルトは私を下ろした。


「ほら、立てよリールスタ。逃げるぞ」

「え、ちょっと──」


 今、彼に手を引かれながら走っている。私はどうなってしまうの?


「待てぇーーー!!」


 あ、追手が来てる。アルトへ視線を向ければ、既に魔術陣を展開して迎撃の準備をしていた。巨大な焔の球が放物線を描く。

 火球は衛兵に直撃し、大爆発と煙が舞う。衛兵は吹き飛んだようだった。


「さあ、オレと行こう! リールスタ」

「え、待って! どこへ行くの!?」

「国の外側だよ。黄泉でも何でもない場所さ。何があるのか気にならないか?」

「きっと何もないと思うわよ! 馬鹿なのっ!?」


 はぁー。もう、冗談じゃないわ。

 次々に私を巻き込まないでよ。


「……消滅するはずだったのに、どうして私を助けてくれたの?」


 その質問に彼はこう答えた。


「一目惚れしたんだよ、お前に。だから一緒に飛び込みたかった」


 私はアルトの頬を平手打ちする。


「全く、馬鹿ね貴方。私の心はこんな一言で動かないわよ」

「そうかもな」


 残念そうに彼は頷く。でもこのままだと私もつまらない。


「じゃあこうしましょうか」

「なんだ?」

「外の世界へ飛び込んだら、貴方のすべてを見せて頂戴」

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